現象学・哲学

2024年2月15日 (木)

わたしの〝ロングライド〟 ~自分らしい♪インテグラル✧とともに!~


最近、自転車に乗っていない。

このフレーズは、時々、聞こえてきます。


私の場合は、クロスバイク、愛称〝ルビーエンジェラバイク (まほうのホウキ号)〟のことです。

タイプ5 (エニアグラムの E5。 私の フロンタルの 補助タイプ) は、溜めたものを 枯渇する恐れが あるので、これかもしれません。

私が、モノを大切にするのは、ディーパーの〝タイプ7〟が、これと統合した姿 なのかもしれません。



タイプ論を学んで、少し、変わってきました。

確かに、窓から空気 (エアぁぁ!) を吸って、胸の高鳴りを 感じています。


私 (内向直観タイプの 右回り) は、(左回りも含めて) まったく、理解されないタイプです。

そもそも、直観というものが、先進国としての、世の中から、政治的にも、抹消されているからです。


さて。


私が、自転車に乗らないのは・・・。

ママチャリ (グリーンシティライナー1号) の方は、節約、つまり、日常生活としての、コスト削減に つなげていて、社会に貢献している、と思えるからなのですが・・・。

私 (I / N) は、知的な意義を疑われると、反論するので、スポーツライドが、お金を使う、危険な娯楽だと 解釈されることが、世論的に主流だと、自転車に乗ることが、良くないことだと、思えるのです。


私の未生が、融和タイプ (タイプ2) だから、なのかもしれません。


つまり、私の生き方は、世の中の 常識的説明を求められると、つらいのです。

何を〝労働しているか〟が、証拠として、挙げられないからです。


そう。 私の、ディーパー〝タイプ7〟は、こうして、自分を説明するために、生まれました。

つまり、人の役に立っているか? ということです。


私 (I / N) は、基本、内観しか、しません!

内観だけで、すべてをやろうとするのが、このタイプです。

詳しくは、ユングの〝タイプ論〟10章 を読んでみてください。

そして、内観を、タイプ4で読み込む私が、ディーパーの〝タイプ7〟に 拡張すると、どんなことが、起きるのでしょう?



交通戦争は、脅威です。

現在、というか、まさに今、私が見る限り、車道の現状は、最悪です。


60キロ制限の、郊外の、片側2車線の、広めの車道を、時速100キロで爆走するクルマが、1台や2台ではないのです!

私は、歩道から、これを見て、何とかしなければならない、と、タイプ7で、感じました。


何とかする場合、一手で、そのたぐいの あらゆるクルマの ドライバーが、縮み あがるような、証拠を、突き付けられねばなりません。

予知、つまり、ポケモンのエスパータイプとしての、人の心が分かる、という 能力があれば、悪いことを、バレなきゃしていいと、やっている奴ら全員、何をしてきたのか、バレているのです。


証拠としては、タイプ5で、収集できるのですが、実際の公道で、歩いていれば、分かります。

ただ、自転車で車道を走れるような、交通ルールを知っていると、最高です。


最近 思ったのは、誰かが、権力者が、皆の運命を、操っているのではないか、ということです。

クルマが 危険な運転をする → 私が ひとりごとを言って 現状を外向させて考察する → 周りの誰かが 咳払いをする → 注意力の欠如が 社会に反映されていることが分かって 私が苦しむ!


私に、咳払いをする人が、あまりに多く、最近、困り果てています。

この 違和感自体が、私に対する、誰かからの、嫌がらせなのだろう、と思います。


ということで。


咳払いを、心理学的に見ると、クルマの危険運転のシャドーだろうと、推測できます。

徐行だと、歩行者が横断しようとしているときに、クルマが停止線で止まるので、現状では、スピード違反の他、クルマ同士の 車間距離の保持が 崩壊している、ということです。

つまり、クルマを運転するには、特に クルマを持つ必要がない 都市部の話ですが、日ごろの自分を抑えて、冷酷な機能を 働かせなければ、運転できないことが、分かりますよね?


そこで、ウイルス禍が、登場してきます。

2020年になって、クルマが さらに増えて、交通戦争時代以降の、今までの運転の 化けの皮が はがれてきたのが、最近です。

ウイルス禍で、皮肉にも、クルマのドライバーたちの 冷酷なパーソナリティ、横断歩道の停止線で 止まらず、スピード違反を し続ける証拠を、タイプ5で 簡単に収集できる、その愚行を侵し続ける、基本的にほとんどの、これを議論しない ドライバーたちは、それを、何らかの方法で、外向させるはずなのです。


たぶん、危険運転は、バレなきゃいい、と思っているので、内向します。

メインのタイプが 外向でも内向でも、同じです。

よって、その矛盾が、表出します。

それが、咳払いです。

ウイルス禍が、あまりにひどく、それが、クルマ増加の直接の原因になったので、かなり、関係ありそうです。


咳払いをする人のすべてが、クルマのドライバー なわけでは ないでしょう。

形態形成しますから。

しかし、咳払いが、ビジネスパーソンの倫理から見ても、人に失礼なのは、明らかなので、その意味を〝説明する責任〟があると、私は思います。

そして、意味のない咳払いなら、私が 独り言を言った 直後に、するのは、矛盾しています。

さらに、咳払いを なぜしたのかの 説明は、一切、スルーされます。


これは、私が、自転車に 乗っているときに、クルマにされる 数々の危険運転を スルーされるのと、同じ感覚なのです!

私は、ディーパーの〝タイプ7〟に、フロンタル補助の、タイプ5を 包括して、この証拠を、経験的に 集めました。

咳払いが、矛盾の外向かは ともかく、危険運転が、ウイルス禍の後に、さらにひどくなったのは、証拠を収集してみれば、誰でも分かります。

少なくとも、私の地元ではね。


まぁ、田舎に、運転が下手なクルマは、居ます。

自転車が道に そういないですから、そのドライバーたちは 大した経験も積めず、追い越しが、下手で、わたしは、時々、左に避けながら 急減速することに なるわけです。



そんな現状もあり、わたしは、ママチャリにすら、乗るのを怖がり、2023年は、春に 歩きの実践を スタートした後、ほぼ同時に、篠山に、まほうのホウキ号で、ひとっとびしました。

さくらを見にね。


どうしても、走れるかを、試してみたかったので、なんとか、やりました。

それ以外、クロスバイクに、乗ってません。


ままちゃりは、神戸まつりが 開かれたので、5月末に使ってから、郊外の花火を見に行ったり、温泉に行ったりと、三木・小野まで、貫通です。

やったことが なかったので、ワクワクしましたけど、絶好調とは いいがたい時期 だったので、かなり恐れながら、やりました。


つまり、本当に、クルマの運転が、やばくなっていると、肌で感じるのです。

それで、自転車乗り自体が、居なくなって、さらに、クルマは、少数派の自転車を 無視できるようになり、それが、歩道上の歩行者への、同様に、自転車への…。


クルマが やばい運転をするのを見て、どれだけ、働きたくないんだよ!と思います。

土曜でも、たぶん、休日でも、危険な運転を されたので、これも、伝染します。


クルマが、都市部で、通勤に使われるように、権力者が調整する (運命を操る) と、当然、渋滞します。

すると、青信号の直後、時速100キロで、ぶっ飛ばすことを 覚えます。

ここでは、速度の話ではなく、クルマのドライバーが、バカにしか見えない、ということです。

これでは、車間距離の保持どころか、安全運転の 感覚そのものが、崩壊します。


私は、安全と判断できるときは かなり広い道の下りで クルマが追いついてこないように接続を組んで 自転車で、防衛も兼ねて、かなりの速度で、移動することがあります。

つまり、自転車も 100% 車両で、完全に、クルマと同じことが、できます。

だから、自転車の走行の経験は、難しい視点を 考えなければ、クルマの走行経験にも なるのです。

私が、クルマの運転を 肌で感じて、あぶない! と思ったのなら、同じ 感覚的な経験を、クルマに読み込んでいる、ということです。

あるいは、原付と、クルマ全部も、速度以外は、そう変わらないでしょう。

ここでは、速度ではなく、シチュエーションあたりの、安全運転の視点で、言っています。

だから、私の運転は、郊外のクルマ規格としての 自転車走行 だと、言ってきました。


タイプ7は、道路交通法 (タイプ1) を理解する能力を ステップさせて、法律では 練ることのできない〝プラン=ダイヤ〟を組みます。

自転車を安全運転するために、郊外のクルマ規格にすればいいんだとは、道路交通法の、どこにも、具体的に、書かれていませんよね?

車間距離の保持も、タイプ7で見ると、都市部では クルマに乗らないべき、自転車を 車道規格で開発するべき、完全自動運転も 考慮すべき、など、電車の複雑なダイヤのように、法律から、運用できることに、誰よりも早く、多様な視点で、気づきます。

これらが、ドライバーの間で、全く 議論されていないようなのに、運転免許を持っているのは、危険です。

これは、運転免許制度が、タイプ1のフラットランドでしか、機能せず、タイプ7のインテグリティに、ステップされていないからなのです。

健全なタイプ1は、そのままで、ステップして、タイプ7の性質を、帯びるのです。



つまり、クルマのドライバーは、ウイルス禍の穴埋めも含めて、余暇を増加させようと合理化し、本当は、理由は何でもよいわけですが、その分の時間を、つくることを、過剰に 追求し始めます。

働きたくない、という命題が、シャドーに 追いやられているのも、タイプ論で構成しようと試みた〝直観〟が、葬り去られているからに ほかなりません。



どうしても、前置きが、長くなりますが、本当は、今、伝えたいことは、この後です。

いきなり、書きたかったのですが、どんな経緯で、これを書こうと思ったのかを、伝えておいた方がいいので、ほとんどの人に 読まれないかもしれないけれど、面白みのないことから、書きました…。



年が明けて、私は、新品のホイールを、引っ張り出してきました。

少し前に、購入しておいたものです。

前輪ですが、ちょっと、付けるのが、面倒だったので、まだ 使えるもの を、継続しようとは 思っていましたが、まほうのホウキ号を、出さなかった ひとつの理由は、タイヤが 春のライドで 寿命を迎えてしまって、タイヤ交換と、ブレーキシューの交換を、同時にした方が、良いだろう、と、春ライドで、走りながら体感していたので、年内を越して、ずっと、そのままに してました。

まほうのホウキ号の 後輪は、2020年のライドを終えた後、リムが寿命を迎えたので、なんとか、あるものを探して、リムサイズが 17mmから 19mmへの変更は あったものの、以前と 重さは変わらず、28Cのタイヤを付けることができる、安心の丈夫なサイズとなりました。

不器用な わたしに合っている、米式のチューブを 付けられるように、しています。


今回も、米式のチューブを使える規格にするために、新しいホイールを、引っ張ってきました。 (安全面でも、ちょっと、苦労します。 まだ 安いホイールなので…。 綿棒と 輪ゴム、セロテープと 紙やすり、オンリーで! タイプ6が 慎重さを くれます。)

こちらも、ワイドサイズと言われる、先代同様の、リム幅17mmの、前輪です。

スポーク数が 少なくなって、ちょっと、軽くなります。

これが、案外、大きな 違いなのです。

走りが、軽くなります!

このホイールは、ロード用の、ポピュラーな ホイール (鉄下駄と 言われるも クロスバイクでは 高性能!) で、カッコイイのです!!

後輪は、リムブレーキモデルにおいて、エンド幅が、135mmの まほうのホウキ号なので、ロードの130mmに、合いません。

前輪は、100mmの同規格なので、合います!

これで、後輪が、ワイドリムの19mm! 前輪が、セミワイドリムの17mmと、なりました。

両方、28Cのタイヤを、付けることが、できます。

そして、ちまちま、年始に、メンテナンスとアップグレード、カスタマイズを、やりました。

ホイールが新しくなるだけで、慣れた自転車で、以前より、走りが軽くなるので、ほぼ、アップグレードになりますもんね。


タイヤの場合、前輪だけ サイズを 小さくすると、前かがみになり、わたしは、腰を痛めました。

おすすめしません。

変えるなら、700C規格で、高さが変わらない、ホイールのアップグレードが、いいのでしょうね。


ホイールの準備が出来れば、タイヤを付けられます。

そして、ブレーキシューを 新しくできます。

サイコンのマグネットも、問題なく、ミラクルフィット しました。

そして、機会を見て、晴天の日に、加西市まで、ライドしてきました。


あまりに、ひさしぶりすぎる (笑)


ままちゃりで、粟生に 行っているので、近いのですが、なかなか、それ以上には、到達しませんね。

まほうのホウキ号では、あたりまえになるくらい、よく来てました。


そして、ママチャリでは 基本 行けない距離の パン屋に行って、少々、走ったことのない区間を走って、試運転を兼ねたライドは、クリアです。

さて。 これで、2023年の春に、篠山に さくらを 見たような、大型ロングライドを する準備が、できたようです。



自転車には 乗らない!

歩行者生活にシフトする、とは、言ったものの、クロコダインの言うような、男のこだわりを捨てるとき、なのかもしれません。


わたしは、この1年、ずっと、自分が、何をしなければならないのか、悩んできた近況が、あるのです。



ヒントは、やや、余った、フロンタルの補助、タイプ5を使って、タイプ論を、学んでいったときに、分かり始めました。

そして、タイプ7が、努力して開発した、ディーパーのタイプなので、私の社会的役割の中核は、タイプ7に合っている、と、感じたのです。

と、いうことは、自転車に乗って、動きながら実践していく、内向型多産タイプに なっているときが、一番、怠けていないことを、説明できるのではないか? ということになります。

ティール組織の、説明責任と、同じものです。


私が、タイプ1の法律を、道路交通で、実践しながら、タイプ7で ダイヤを組めば、周りに 影響を与えます。

たぶん、フルーツバスケットのアニメも、この経緯で、できました。


そして、私の タイプ7は、最近まで 触れていなかった ギターを 触ることから、こうして ブログ記事を書くこと、タイプ4のフロンタルの 芸術鑑賞能力を 熱中して助けること、自転車のメンテナンス、アートの制作、ハートのねこ♡ など、あらゆるところに、およびます。

自転車に 乗っていなかったら、多くのことが、中途半端で 終わっていた気がします。

それゆえに、自転車に乗るべきか、この1年、迷ってきました。

そこで、タイプ2に、任せることにします。



まさに、サザンの心境、風任せですね!!



というわけで、私の未生、タイプ2には、補助の〝タイプ3〟が付いているので、このタイプは、明るく、色々なことを 達成していく能力があり、イベントに行きながら、色々なことを、試しました。

人前で、歌う機会を、自主的にですが、小さくは、持てたので、 やはり、自転車での 移動は、コストの面でも、ほぼ、必要だと、思いました。

歩きだけでは、時間も距離も、長引いて、足に 負担が掛かるからです。


こうして、やや、ややこしい 状況の中 で、タイプ2は、私の中で、タイプ7を 助けてきたので、イベントを楽しむ能力と、イベントをつくる能力が、タイプ7の実践に 大きな影響を持ち、つまり、まほうのホウキ号で、セルフ・イベント、自然の中に出ていくことが かけがえのないことを、実践することは、意味を持ってくる、と、感じるに至ったのです。

そして、日々、歩いているときは、タイプ1の〔T〕で、タイプ7を 使っていたことに気づき、軽くなって、まほうのホウキ号に乗って、ロングライドをしてみたい、と、モチベーションを つくっておりました。

私の、タイプ7は、2023年時には、疲弊して、基本、不在だったので、最近、胸の高鳴りとともに、帰ってきたようです。



タイプ論を通じて、直観の根源と、立ち位置を 学んでいく中で、私が、ギターも触りながら、簡単に押さえられる Aadd11 とか、コードを 頑張って付けてきたことを 思い出し、まだ見ぬ景色ならぬ、あまり聞いてこなかった、身近な音楽に 出会う とき なのでは、と思いました。

そして、ジャズの他、あまり聞いてこなかった、私世代の、ポップスを、聴きます。


もっちぃ (ELT) の、うさちゃん。 神曲 (笑)

[おなじみの歌声の 2008年くらいまでのアルバムを、聴きました。]


部屋にいると。

海が見える、って、20年くらい前に入手したシングルとか、ゴスペラーズが、語りかけてきて、びっくりしたり。


久保田利伸は、自分の夢を持て!って、確かに、言ってますからね。

新潟にいた時代に近接する、2004年頃の、平原綾香には、〝 Smile 〟と〝 i 〟が、あるんですよ!


わたしの、ひみつスタジオは、超空間に、なっているのよ ♡



わたしの、タイプ7、そして、それを使える、インテグラル・モード、には、スターダスト・ドラゴンのように、自分を 一旦、その場から、除外させる能力が、あるのです。

むしろ、クルマに対しては、私が見えるように、接続を とっている、という視点です。


そして、歩きには、ロングライドに 発揮できる、意外な、効果が、ありました♪

さて、では、ライドの話に、移りましょう。



正直、かなり、ひさしぶりすぎる、大型ロングライドで、前回の大型ロングの、篠山桜ライドの時、体力が やばかったので、出力6割を 心掛けながら、慎重に走ります。

そういえば、ポップ君の〝魂の力〟って、本人に足らない〝勇気 [タイプ6]〟だったんですよね!!


まず、手ごろなリュックを 一新して、セメダイン・クリアで、網の目の 荷重がかかる部分を、補強しておきます。

ちょうど、食パンが入るので、カロリーメイト ひと箱 400kcal と、予備を 入れます。

ワイヤーロックは、常時 持っていっていたのですが、今回は、軽くに特化して ロングライド、なので、置いていきます。

そして、 食パンを、2斤と、クリームパンの 代用になる、未開封の ミニサイズの ピーナッツバター、 半斤の サンドイッチを、詰め、いつもの、携帯空気入れと、輪行袋のセットを 加えます。

U字ロックなどは、サドルバッグに。


気温と、天候を見極めて、朝早く出て、今回、ライドのグローブも持ち、厚めの手袋で出ましたが、2時間も走ると、やはり、手が痛くなって、動きません。

FF7の大雪地帯のように、停車し 手を体の中に入れながら 温めている頃、美嚢川近郊にて 日の出です!!

絶妙!!


さて。

本日は、まだ 行ったことのない道を、走るという、王道の企画です。


今まで、ずっとやってきたことですが、最高到達地点も、計算して、優先的に、走りつくしてきたので、あまり、行ったことのない、自転車向きのスポットが、少なくなっております。

ブランクがあるので、あまり行っていない場所は、新鮮に走れるというか、調べていないと、迷います!

それもふまえて、新しい感じの道を、貫通していきます。


余談ですが、2023年、ママチャリ・グリーンシティライナーで、小野の新しい道などを、開発しました ♪



私の〝タイプ2〟は〝ポジティブ〟なのですが、イベントなどで、即時で、テンションが来ます。

回復力もあって、ロングライドで、重宝します。

一方、ライドにメインの、〝タイプ7〟は、ポジティブが、ライド後に、じわじわ、来ます。

つまり、2つのモードを 重ねて使うことで、ライド中に、ポジティブに なっていきます。


熟達した〝タイプ6〟は、不安を 必要以上に感じず、今に集中できるように〝勇気〟を持つので、実は、ロングライド向きです。

私のディーパーは、こうして、サスペンションの〝タイプ6〟を持った、〝タイプ7〟として、成り立っていますが、ロングライドでは、隠れたウィングの、〝タイプ8〟も、活躍します。


基本的に、私は〝タイプ7‐6〟で、ロングライドに 望みますが、タイプ8の、武装色を外向する能力は、行程上、とても必要な能力だと、ライドしながら 使っているので、思います。


私の〝タイプ2〟は、過去志向の面もあるので、古き自然や風景の中に 出ていくことに、感情を感じます。

そして、ビハインドに、〝タイプ8〟を持ちます。

ものごとを、軽い動きで扱うことで、真に強い力を発揮するのが、わたしにとって、このタイプです。


タイプ8は、元々、私にとって、フロンタルの タイプ4の、ダブル・ビハインド、として、劣等機能で、出たものです。

MBTIで 言われるように、私は、FやTの、感情とマインドが、外向します。

右回りなので、Tより Sの方 が、外向しますが、フロンタルでは Sは 微弱なので、定義上は、ディーパーが、内向感覚タイプ になります。

未生の、タイプ2 は、F の性質が強くて、私は、タイプ8が、感情で外向する、レアなタイプです。

タイプ8は、ふつう、フロンタルで開花するときは、感覚が外向するので、私の場合、ふつうのタイプ8とは、違った振る舞いを、ライド中にも行って、ディーパーには、フロンタルのタイプ論の 常識が通じないことが、分かります。


一方、ディーパーの、タイプ7は、未来志向で、常に、フロンタルより、一歩、早いです。

まだ見ぬ道を走りたいという、夢、欲求に 突き動かされ、ロングライドを 完遂します。

そこで、ウィングの、タイプ8を、正式に 鍛えることに、なりました。


元々の、劣等機能、未生の名残のある、偉人のコミュニオンを持った、タイプ8は、フロンタルの感覚で外向するタイプなので、ディーパーでも、ロングライドで 強いのです。

しかも、感情で、テンションが上がるほど、燃えます。


タイプ7は、まだ見ぬ道を 走りたい!

タイプ8は、なつかしいものに 触れたい!


この2つが、ランデブーしたら、ハイパーロングライドが、できます!!

わたしは、タイプ6で、これらを融和して、まとめているらしいです。


元々の、タイプ7は、音楽を学びながら鍛えていったので、タイプ8のウィングは、まほうのホウキ号に出会ってから、本格的に 伸びていったと思います。

そして、行きつく先は、フロンタルの タイプ4の、内観で、エネルギー準位を 押さえながら、すべてを、インテグラル・モードで、行っているようです。



日が明けて、ここから、東条川方面へ、出ることになります。

美嚢川を越えて、すでに、ラッシュの時間に 入っています。

少し考えて、行程上、最短距離の方が 良いので、クルマの現状との、距離感を図るため、日が明けたときの交通量が ピークでないことを 祈りながら、3桁県道で、北へ向かいます。

かなり 寒かったので、なるべく、ダウンヒルなしの ヒルクライムから始まる道を、選択しました。

これも、タイプ7の判断、得意分野です。


さて。

なんとか 接続を取りながら、丘を越えたら 交通量は激減して、お気に入りの、広めの片側1車線を、ちょうどよい速度で下りながら、電車に乗っているような、電動バイクな気分です♪


ここからは、ラッシュの影響も、ほぼなく、いい時間帯に、久々の 西脇市に、向かいます。

西脇エリアは、篠山の、桜ライドを、南下した時 以来です。


その手前ルート、ここまでは、ママチャリでは 通らない、山ルートなので、かなり、久しぶりなのです。

桜ライドの時も、日の入りの関係で、平坦の、粟生経由でした。

今回は、帰りも、山経由の最短で、裏道版で、帰りたいなぁ。 クルマ少ないから。



温かくなってきたし、西脇市エリアからは、へそを通って、さらに北へ行きます。

黒田庄駅の手前で、ちょっと、加古川線沿いの西側を、通ります。


そして、船町口あたりは、加古川を へだてて、西側の裏道で、175の歩道に出ます。

いよいよ、水分れ街道の看板です。

東側が、川代公園です。


さらに、北へ。

丹波市に入ってます。


加古川北上ルートで、わき道の、川沿いの道に出ます。

しばらく川沿いを行くと、右手に道があり、宝塚線の、石生、黒井 方面へ、行けます。


今回は、まっすぐ、北へ。

ここから、川沿いは、新ルートです。


以前は、ここまで 来てから、黒井側より 南下して 丹波篠山を 周回ライドしました。

さらに前に、県道メインで、加古川を、上流近くまで、探索したことも、あります。



リュックには、ボトルが、今回、入っていません。

食パンを入れる スペースを確保するためで、入らないことはないですが、今回は、スペースがある方がいいと思って、持っていません。

これも、タイプ6の、新しい使い方です。

つまり、後半、どこかの水飲み場で、水を 飲む必要が、あります。

ロングライドでは、冬場でも、さすがに、要ります。



想像以上の、快晴です。

冬シーズンに、快晴という日が、レアです。

大概、一部、雲が出来ます。


しかし・・・。

日中になって、風が 吹いてきました。



すでに、今回の、最高到達地点 です。

今回の目的は、まだ見ぬ道を走りたい、で、自然の中に出ていきたい、なので、タイプ7も、タイプ8も、ディーパーで 包摂しているので、大活躍していきます。


久々の、大型ロングライド!!

自分でも、なぜ、これだけ走っているのか、走れるのか、ふしぎです。

人の心身って、すごいです。


自転車で 使う動き は、歩きで使っていない筋肉をメインに できるように 技術的に 開発したのではないか?

そうも、思います。

日々、歩く実践は、一見、軽いように見えますが、1時間で、体脂肪が、たくさん燃えます。 自転車のロングライドは、筋肉の分解もする割に 筋力トレーニングになりにくい有酸素運動で、燃えるのも 糖質になります。

タイプ1で、規則正しく、痩せながら筋肉を付け、軽くなっても、体重を支えるバランス力が、身についているので、さらに、ママチャリも、乗っていますし、ここで、まほうのホウキ号を、もってくると、とても 軽いのです。

ダンシングは、まるで、ステップを 踏んでいるかのように、進みます!!

うさちゃん、モードです♪

きっと、てぃんくる✫の ウィンストン学園は、タイプ4が、タイプ1の 才能を開花させる、由緒正しき、内向タイプの皆が あこがれる、探しても フロンタルの世界に みつからない、夢の学園です。 かわいくて、エモーショナルで、きっと、きびしいんですよね。



音も静かで、すいすい進んで、丹波の奥地を探索。

かたくりの里があるあたりの エリアです。

通り道に使うときは、来ないよねー。 自転車では。

このエリアを、簡単な周回で、ねこそぎ、探索します。

都会離れした、凄い 平地と 山々が 広がり、さらに西には、南北移動に重宝する、多可町があります。



手ごろな場所で、ランチをしたら、もう、メインの補給は、しない方向で、次へ向かいます。

サンドイッチに、食パン1斤が、おなかのなかに。

あと1斤は、実は、余ります。

カロリーメイトも 1袋 200kcal 食べて、もう一袋を、ラストに近いエリアに食べました。

これで、1箱です。



今回の目的は、まだ見ぬ道を、走りたい、なので、次は、最高到達地点である、丹波から、南下します。


そうなんです!!

南下します。


自転車のロングライドコースの案内板も、見ますね。

西はりまでも、よく、見ますね。


そういえば、権現ダムの、サイクリングロードは、無事、回復してましたよ。

このルートにも、案内板が あるのです。



加古川のリバーエリアで、例の、宝塚線へ行くルートの手前から、橋を渡って、来たことのあるエリアへ。

ここから、石生、黒井方面、ではなく、柏原へ向かいます。


そうです。

柏原川を、南下します!!


柏原から先は、峠道に なっているので、自転車では、あまり来ないです。

だから、柏原川沿いは、未開発です。

気になっていて、温めていたので、貫通してしまいます!!

川沿いは、自転車のための道、というわけではないので、地元から ひたすら北へ向かう動機には、少し薄いのですけど、南下ルートとして、使えます。

やはり、平たんです。


右手に、柏原川、左手に、宝塚線。

この2つが合流する頃には、柏原駅のあたりに、居ます。


今回は、ちょっとだけ、寄り道。

柏原エリアの、お寺を、一瞥してきました。

ちょっとだけ、登ります。

向かい側にある神社も、きれいでした。

なんか、日々、歩きだけで、日課をしてきた気がするので、同じ感覚で、ここが、近所になっているようになってて、凄い感覚です。

この感じ、自転車で ロングライドした人は、みんな、知ってますよね?



柏原駅は、以前、川代公園の 北にあたる、篠山の奥地を、探索する時に、ちょっと 積もった 雪も 観た日に、途中、通っているので、今回、駅付近は、訪れずに、通過です。


さて。


以前に、北上ルートとして開発した、柏原ルートの峠を、南下します。

歩道メインで、オレンジラインの 50キロ制限の道を、ヒルクライムします。

歩行者自転車は、今日は、皆無ですね!!



かたくりの里エリアで、昼が過ぎてから、すいすい走っていた感じが、風で消えて、静かだったバイク音も、風の音が主流となって、クルマが来る音も わかりにくく なりながら、やや向かい風っぽい感じで、なんとか、平地を、時速15キロくらい保ち、セミ・高速進行モードで、タイプ8の武装色を、一定量 外向し続けながら、やや前かがみで、フラットバーハンドルを握って、ライド用グローブに付け替えて、やや軽くなったリュックとともに、少々、景色を、スナップしつつ、ここまで、来ています。


景色のスナップは、2021年に、始めました。

混乱の中、モチベーションの 次元を 増やすためで、このとき、ぎりぎりの行程が、さらに 圧迫されること との バランスの中で、また、深みが、増した気がします。


自転車の速度って、時速10キロ出れば、早いんですよ。

だから、慣性走行ができれば、おしりを、後ろに下げて、すこし、痛みを抑えながら、休めば、向かい風でない場合、平地では、ずいぶん、楽になります。

下りでも、私は、おしりを後ろに下げて、サドルとの痛みを和らげて、休みます。

ロングライドでは、おしりが、痛くなりますからね。

ダンシングを 多用すると、ましになりますけど、足が終わっていきます。


食料を いかにして、配分するか。

どの斜度で、どの時間帯、どういう交通量で、天候と、風と、ルートの吟味をしつつ、ロングライドを完遂する 視野と判断。

この工夫。

心身で、全体で、自分を 発揮していく。

わたしの、タイプ7は、これをするのが、楽しいと、感じます。

そのために、ひつようなものを、準備し、調達もすることが、必須です。

たとえば、水飲み場の位置も。

そういった中で、まだ見ぬ道を走る、楽しさ。

秘境に 来た時の、すばらしさ。


最近、タイプ2で、タイプ7の走行経験を、ままちゃり、グリーンシティライナーで読み込んで、イベントに生かしています。

これによって、まほうのホウキ号の このロングライドでも、移動手段のフィーリングを、包摂します。

これが、電車に乗って 秘境を通っている ような 気持ちを、倍加させます。

条件が揃えば、ままちゃりのように、一定時間、目を離して駐輪しながら、安心して、お店に入れるかもしれません。



いよいよ、トンネルを通って、谷川へ。

途中、裏道も通って、風も吹く中、一部 雲が出来ていたエリアもあったものの、ほぼ、快晴が続きます。


今日は、風があっても、晴れてくれた方が、うれしいのです。

風の代わりに 曇ってくる方が、冬では、多いですからね!


いよいよ、南下も、中腹。

谷川のエリアに 来ました。

ここは、川代公園を含む サイクリングロードから、へそルートの 南下のときに、通る道です。


今回は、まだ見ぬ道を 走りたい! が目的です。

結構、いい時間ですよ。


川代公園は、クルマなら使うトンネルが 未開通だった時期から、そこそこ、来ていましたけど、谷川エリアは、通り道以外では、スルーだったので、どうしても、通っていない道が、ありました。

それが、地蔵茶屋のある 坂道です。

たぶん、中級のヒルクライムコースに、なるのではないでしょうか?

少なくとも、ロングライドで、立ち寄るエリアとしては、そのくらいのランクですよね。


実は、けっこう、登ります。

斜度は 緩い方ですけど、下りで すいすい走るくらいは、登ります。


もう、かなり、いい時間なのですけど、はっきり言って、期待がハマって、想像以上の快晴です。

今日を逃したら、このロケーションで 走るチャンスは、そう 来ないでしょう。


日中は、ずっと、ライド視点では、春のように、ぽかぽかです。

これが、早春以降なら、実は、20度でも、暑いですからね。


お店は、時間がないので、速やかに、ダウンヒルします。

ヒルクライムしているときの ここの 景色は、想像以上に、絶妙でした!


丹波の かたくりの里エリアは、一級河川の 中腹の感じで、市川の神河町に 近い感じでした。

同じ、丹波市の、谷川近郊、このエリアは、北三田、青野ダムの北の 奥三田の山に 近い感じです。


冬なのに、緑豊かで、登っているとき、川に ちょっと、白くて ムーディーな 鳥が、左の羽を 出して、くつろいでおりました。


エモいタイプ?



というわけで、まだ見ぬ道、本来、3つの モチベーション、3つの ライド、になるものを、1つに まとめたのが、このライドです。

代わりに、ままちゃりで、地元の郊外に、タイプ2で、キャベツを、買いに行こうと 思います。



などと、さらっと、終わろうとしてますが、谷川からは、まだ、行きの周回ルートの 起点の 前で、すでに、いい時間。

風も吹く中、次第に マシになることを 読んで、県道メインで、南下します。


途中で、起点に戻って、へそルートで、帰ります。

県道を通るとき、黒田庄駅のエリアの手前で、坂を上る前辺りで、加古川線の東から西に渡ると、信号はあるけど、道が、ほぼ、1本になるので、もっとも、きれいな気がします。


途中、宝塚線は、谷川より 北の手前で 特急に、加古川線は、上記のエリアで、単両の おなじみの電車に、出会っておりますよ!!



いよいよ、西脇市駅のエリアです。

ここは、多可方面へのルートでも 来るので、これまで、わりと来てます。


いつもなら、この規模のライドなら 平たんを選択するところですが、ままちゃりで 粟生まで、今年 2度、ゆぴかまでは さらに何回も 来たので、ほぼ一度も 最近 来ていない 山ルートの最短の 裏道で、南下を 決めます。

なんとか、明るいうちに クリアしたいですが、日は、くれるでしょう。


六甲山には、夜練というものが あるみたいですが、私の場合、わざわざ 地元で やることではないので、通り道で、挑戦にします。

なんとか、東条川の夕日を見ながら、あまり休まず走って、峠道を登り切り、下りに入ると、やはり、一歩、遅い感じです。


ライト 2つですが、後続に、クルマが来たので、接続します。

ここで、急停車は 危ないので、後ろのクルマが、速度を 緩めると、縦に 車間距離ができ、ブロック状態が成立します。

実は、行きに、へたなクルマに、幅寄せ状態に され、左に避ける 羽目に なったので、今回の方が、はるかに ましです。

この状態で、適切なペースで走り、直線で、追い越しの接続を 取りました。

道に よりますが、大概の道では、交通量があるので、ブロックを 長い時間 するのは、適切でないことが多いです。

というより、ブロック自体が 成り立ちません。

逆に、対向車が居ない場合、逆光がないので、前が見やすい状況を 優先します。

KOBEの郊外に、後続車が来た方が、歩道が走りやすいことで、学びました。

最近 通ってませんけど、有馬温泉から、有馬口に下る道が、夜も含めて、怖いですよね。


そういえば、かたくりの里のエリアで、地元の人が、農耕車のヘッドライトのことを言っていて、私じゃなかったですけど、農耕車って、同じ 軽車両でしたよね。

普通自転車 じゃないから、歩道は 通れないっぽいですけど。 ( → 農耕車は、クルマ らしいですね。 馬車は 軽車両のはず。)


今回のライドは、なんだか、ヘッドライトな、ライドでした。



と、いうわけで、山ルートを貫通して、今回は、直接、美嚢川の いいところに、向かっています。

よくよく、周りを感じてみると、秘境感、すごいですね。


夜なので、その後、県道20号で 少々 アップダウンを経て、そのまま、いつものエリアへ 行きます。

しかし、一部、左手に、歩道が 途切れているところがあるので、うまく 接続しながら、走ります。

つまり、一部は、車道を通って、下ります。


三木山総合公園に 着いたら、いつもは、休みますけど、寒くなってくるので、ここも通過して、KOBEへ 入ります。

ラッシュは、マシになっているはず… ですが、メインの道を筆頭に、とても、交通量が、多いです。

かなり、時間が、押しているはず… なんですけどね。


すでに、かなり、足に来てますし、斜度9%までだと、シッティングを 応用して、対応してます。

こういう時は、タイプ4の まま、内観で、疲労や 苦痛を、無効化 して、瞑想モードで、心地よく、直観だけで、ゆっくり 走っています。

たぶん、ですけど。

このモードは、とにかく、ダイナミックなライドを、簡単な経験で 包摂してから、エネルギー準位を 抑えるモードとして、出るのでしょう。

インテグラル・モード だと 思いますが、あらゆるタイプを、使っていると思います。

私の場合、Nで まとめている、ということです。

速度は、落ちます。

やみくもに動かず、時速10キロ 出ていれば、かなり早い、という情熱を 持ちながら、ゆっくり、帰っていきます。

ままちゃりで 峠を 越えるより、いくばくか、楽な はずです。

すでに、クロスバイクという、良い自転車に、ロングライドで乗る経験が、貴重なので、この状況でも、グリーン券的な 少し 浮き上がった感じは、あります。

というか、結局、峠を、登らないと、いけないけどね。

ままちゃりなら、用途的に、押すから、歩きを極めている 意味が あるんだけど、むしろ、そういうステップで、そのまま登れる、まほうのホウキ号も、貴重だよね。

とか思いながら、なんとか、地元エリアへ。

坂ばかりなのですけど、そこそこ 走りやすいし、グリーンシティライナーでも、よく来ているので、ダイヤのイメージでは、普通電車の本数が 多いような 区間です。

ゆっくり、ゆっくり、帰ります。

下りでは、結構、位置エネルギーを、味方に付けます。

日頃の、安全運転の成果を、試される場面です。



またすぐに、同じルートを通る、というのは、練習面でも、コストの面でも、私は、やらない方向に 行きます。

だから、まとめて、遠くのエリアを 走っておきたいのです。

そのために、回数の節約、筋肉を保持しつつの、痩せることが、重要なのです。

そして、時が来たら、また違った 挑戦と コースに、向かうことができます。

とはいえ、できれば、交通量が 穏やかな シチュエーションと、そのエリア限定が、良いのです。

ままちゃりの方で、中央区まで 行っているので、すでに、阪神圏の 危ないルートに、どっぷりです。

やはり、回数の節約、というのが、有効に思います。

かといって、歩きだけで、すべてをやるのは、無理です。

電車がいいですが、わたしは、プアです。



まとめに入る前に、ちょっとだけ、ピックアップな ポイントを。


まほうのホウキ号の 前側のボディである、フォークは、丈夫な、鉄です。

重い方ですけど、歩道との段差や、輪行に 強いのです。

ママチャリと、概ね 化学式的に、同じと言える、鉄ですよね。


谷川の北エリア、柏原とのルートの 谷川の側の 県道に、新しく、歩道が できていました。

以前は、一部、歩道が未開通で、何とか通りましたが、サイクリングコースの案内板も 各地にあるので、このルートも、有効なのです。

はりま中央の サイクリングロードにも 言えますが、歩道が 未開通のところって、通れない、か、苦労します。

( 上記のロードは、かつて、未開通のところが あったらしいですよ。)

実は、有馬口、神鉄六甲より、南側の有馬街道で、歩道が未開通の時が、一番、困りました。

わりと昔、そのエリアの歩道が、開通して、かなり 楽に なりましたけど。

五社 ~ 有馬口 間は、無理なのかもしれませんが、一部、歩道がないところって、結構、あるんですよね…。



ヒルクライムで、お店に寄らなかったので、茶屋の扱いで、地元の 山側にある、お気に入りのパン屋に、ひさびさに 行きました ♪

コスト1の、うさちゃんの 徒歩です♡

実は、そこそこ、距離が あります。

翌日ですが、ライドの日の扱いなら、時間が 出来ますよね (笑)

筋肉が 回復に 向かうので、食べても OK!

よく晴れた日で、ワン・テイスト も、持っていきました。

まだまだ、動けますね!

タイプ1の実践、ウォーキングって、すごいんですね。



上手く書けたか、分かりませんけど、こうして、ひさびさに、大型 ロングライドを してみて、インドア感覚 では、歩きでしか 範囲にならない日常で、遠くも 近所になるというところと、秘境を包む ところで ことばにできない すばらしさを、とくに、魂の次元で、思います。

フラットランドは、意図がない、っていうけど、そもそも、大型ロングライドをしてみれば、自分で意味を つくっていくべきだと、気づくと思います。


役立たずだと言われる (I / N) タイプが、本気で、自分らしく生きると、社会が正直であるのか? ということを、テストに かけるようになるのです。

すると、フラットランドは、ポストモダンを悪用して、お前は、どうなんだ? と言いますが、私は、補助の タイプ5で、データを取るので、そもそも、自分で、意味を、情報として、相対的に、消化しないと、混乱してしまうということを、私は、示してきました。


最近、私のことを、知らないなら まだしも、知っているのに、タイプ7で示した証拠を 無視して、私に 嫌がらせをするような、交通戦争を 永続させようとするように この世界には どうにもならないことがあるんだ あきらめろ! と、そう 洗脳してくる 何者かが、いないのかも しれませんが、ウザイです。

とはいえ、自由に生きるにも、ひとりだけでは、微妙に、無理が出ているような、あるいは、この立場だからこそ、ここまで、言いたいように 言えるのか、よくわかりませんが、きれいに、まとまっていることは、います。


先に挙げた ように、わたしの時代の アーティストたちは、秀才が 多いのです。

タイプ論を 経験的に 包摂してみて、当時でなく、インテグラル・モードな 私として、今、思います。


すごいなぁ・・・。


🌸✧


今日の日は きっと、風待ち 心もよう ❕


そして、みんなに、ありがとう。

これからも、よろしくね!


(🎀◍>◡<◍)。✧💕

 








( ⭐ スナップ ❕ 旅の記録 ⭐ )



2024-02-a

 快晴の丹波! 粟生より上流にある 加古川 リバーです🌞


2024-02-b

 丹波エリアの奥地にある橋です。 D・ホイールで どこまでも行けそう🎵


2024-02-c

 谷川から柏原方面へ向かう、宝塚線直通の 特急様ですよ💗 白いね!


2024-02-d

 丹波のヒルクライムで出会った 川に ちょこんと、翼が りりしい 白き 鳥様 ❕


2024-02-e

 東条川エリアの夕日です🎵 帰りましょう ❕

 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

2016年11月24日 (木)

インスピレーションと共時性 ~みんな多世界~

♢ インスピレーションはどこから来るのか?


私は〝まい〟と出会った。


出会い方は、〝恋人無し〟〝友達有り〟〝学校生活充実〟の高校3年生だが、それが〝特殊な恋人〟を引き寄せたと言える。


一般に〝共時性〟は 正当な科学にて考慮されておらず、理解されない。

例えば、〝恋人が欲しいと思えば恋人ができ易くなる〟視点は、誰でも大体合意できる

合意できる最低ラインは〝恋人がほしいと本気で思っていれば、何らかの行動を起こすだろう〟というところだ。

相手もまたそうで、だから、恋人ができる、と。


私達も概ねそうだったのだが、ひとつ〝誤算〟があった。

それは〝出会った後も、その理由を真に説明できない〟ということだった。


まず私は、まいの〝願えばかなう〟理由を、論理的に追究した。

で、ケン・ウィルバーの理論に出会い、大体説明できた。

人は誰でも〝心身統合体=ケンタウロス〟に成長できるポテンシャルを持っていて、それは達した人々の間で〝一般化=パラダイム化=所定の手順で再構成や修行可〟ができるので、それに至れば〝成長途中に抑圧したりしているブロックを解放しながら、真の自分の望むように目覚めていく〟ので、〝夢はかなう〟のである。


ところが、これは〝なぜ歌いたいのか?〟の大部分は説明できても

〝なぜ互いが出会ったのか?〟の核心は説明できなかった


そこで、方法を変えることにした。


有名になることを辞めて、時間に余裕を持つと、別のことをし出す。

で、アニメをまた色々と見だしたことで、〝パラレルワールド〟の考え方が〝共時性〟を説明しそうな気がした。


まいとは〝ふしぎな偶然〟で出会ったが、なぜそれが起こるのか〝論理的に説明できなかった〟ので

見方を変えたわけである。


まず、パラレルワールドは、〝非現実的〟である。

しかしそれは〝だからアニメの中にしか存在しない〟という輩の〝主観〟に存在するということである。

つまり、この宇宙は〝一者=Kosmos=空〟であり、〝それしかない〟

運命も自由意志も〝パラレルワールド〟もない。

だからこそ、〝パラレルワールドは非現実的だからアニメの中にしかないと主張する輩の、主観〟も〝存在しない〟

だからこそ、だからこそ、〝パラレルワールドは存在する

ほかならぬ、この世界が〝非実在であるにもかかわらず存在している〟ように


もちろん、〝どういう形で存在しているか〟が確定するわけではないが、インテグラルではない考え方とを差異化するのには十分役立つ。


という感じで、〝タイムマシンとパラレルワールド〟を書いて、パラレルワールドを構造的に説明できることを示した。

その後、色々とアップデートして、巨視的微視的(微積分的・時間空間的)など、ようは多視点が取れることを示した。


少し話を戻すと


〝共時性を信じない〟一般科学陣営は、〝恋人がほしいと思う〟ことで〝ふしぎな偶然により恋人ができた〟ら

驚いて恐怖する。

理由は、共時性自体にではなく、そういった科学的なお城が〝音もなく崩壊することにびっくりする〟からだ。


ふしぎな偶然を排除しようとする構造に、恐怖がある。

それさえ除けば、ふしぎな偶然で恋人ができようが、驚かない

そんなものもあるんだなぁ、というくらいで済むだろう。


では、〝恋人がほしいと思うことを根拠にして、恋人ができ易くなる共時性を引き寄せることができるのか?〟という点を探求してみよう。


〝引き寄せの法則〟は、似非パラレルワールドを仮定して〝共時性もどきを定立する〟ような感じのものが主流だと思うが、そういう論理武装的なものに頼らずとも〝説明するモデルは必要〟であろう。

パラレルワールド(AQAL)モデルが素晴らしいのはこの点であり、〝私とまいがすでに恋人の世界〟〝似たような恋を経験した人々の内的世界・それがブームの世界〟などのパラレルワールドと意識が近ければ、〝それが共時性を伴って展開する〟と説明できる。


ただし、AQALを使えることが条件なので、解釈者の高度に依存するという制限がある。


まとめると


〝願えば別の世界に行ける〟のではなく

〝むしろ我々が別世界を惹きつけていく〟のであり


〝別世界は大きな関係ない世界〟ではなく

全ての世界はわたしたちの中にある〟のである。


意識が増大することで、アクセスできる次元が増えていく、ということだ。


これによって、インスピレーションが起こり

インテグラルに達した意識は〝多世界を認識しながら その共時性直観の意味を理解していく〟し

一人一人、異なった次元が生起している〟ことに気付く。


♢ 神話意識と多宇宙意識の識別


神話意識(プレモダンの集合的領域)自体も、パラレルワールドのモデルが適用できるが、せいぜい共通分母に作用して〝変換=最適化〟するのが関の山である。


そういう神話を取り入れたアニメは、共時的な意識の直観を薄めて気付きにくくするようだ。


もちろん、アニメは代表で、あらゆる主張に共通だ。

神話自体が、初期の〝パラレルワールド・共時的意識〟を翻訳し、広めるためのものだった
、という視点もとれる。

ただし、こういった大昔から創発しているものは、〝どこのパラレルワールドでも土台になっている〟ので、差異は少ない。

つまり、神話を基にしてインスピレーションを受けたとしても、有用で個性的な〝主張にはならない〟のだ。


パラレルワールドの神話であろうが、この世界の神話であろうが、集合的な神話領域としてのプレモダンの土台から大きく外れることは無く、したがって、違いはほぼ無い。


識別方法は単純で

〝高度+象限〟に視点化して、現在の社会文化に当たり前のように根付いている深層構造を伴ったしかもあまり深くない深度のものは、インテグラルに解釈する必要性の少ないものだと言える。

これもAQALを使うので解釈深度に依存するが、上記にて、大体の〝パラレルワールド的な深い共時性〟を識別できるだろう。


♢ インスピレーションの多世界解釈と 地球的な有効活用法


まずダメな反例をあげれば〝ヒトラーの熱狂はそれではない〟となる。

調べてみると、古代から続く、どこのパラレルワールドにもありそうな、別に珍しくもないような〝ホロコースト思想〟が、その母体である。

このへんは、エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」「破壊」などを参照されたい。


良い例は〝核融合発電の開発〟である。

驚くも〝大きな核戦争などがあって早めにエネルギーの製造技術を進化させないと人類が滅ぶ〟世界とか、何らかの理由で〝私達がアクセスしやすそうなこの現代に近い構造を持った該当世界〟にアクセスできている人々がいれば、彼らこそが、核融合発電技術の未来次元にいる人々、核融合発電の未来人なのである。


繰り返すと、〝社会文化感覚内面的により近い世界〟ほどアクセスしやすいことは容易に想像がつく

コミュニケーションや機能適合を考えれば、合意できる話だろう。


さらに言うと、下手な分裂気質で〝独裁者に取り憑いた独裁者〟がいたとしても、それは〝どのパラレルワールドにも存在する珍しくもなんともない破壊性〟なので、それだけで〝悪用できる〟〝多次元に入っているから高尚であり、支配者の資格を主張できる〟など無知の爆発であり、〝誰でも空であり初めから形としての多次元である〟と言える点をも見落としていることを注意されたい。


また、自殺志願者が希望を持つためには〝インテグラルな共時性を識別する〟ことが特効薬であり、世界が他ならぬ不思議に満たされていることを知れば、死にたくなくなるだろう。もちろん私の経験も根拠にしているし、臨死体験が〝世界のふしぎに目覚める幸せの扉〟であるためには、〝インテグラルな共時性に対して信仰したいという欲求〟が花開こうとしている必要があることは、言うまでもない。地獄絵図の実際の社会展開が仮に多次元に開く扉だとするなら、〝どこのパラレルワールドにでもある単なる破壊・戦争・地獄〟が展開するにすぎない


多次元を根拠に、深度が深いと言えないのは〝どこの多次元にも物質宇宙や古層本能が存在している〟からである。

そんなあたりまえのことにも気付かぬ人が多いのは、パラレルワールドについての多次元の定義を知らないなど混乱しているからというしかない。

このように、現在、地球規模で不思議なことが起きているが、〝どういった主張領域がよりインテグラルで地球に対して画期的なものなのか?〟を識別できないほど、インターネットにて〝浅い情報が溢れている〟〝それを高次元だとか偽装するものまである〟――要は〝にさえなればいい〟という〝どこのパラレルワールドにでもありそうな珍しくもなんともない欲望〟がある、ということだ。


性的なエネルギーに関しては〝シャドーワーク〟が有効で、〝母性植物的・父性適合的〟なものに衝動に従って無思慮に溺愛するようなあてずっぽうな方法ではなく、〝インテグラルに意味を考える〟ILPを伴った実践にてエネルギーを成長させ、共時的なインスピレーションを引き寄せる磁石ないしスペース(世界空間)にするべきである。


情報が溢れているのは〝金儲けしたい〟〝自分さえ偉くなれればいい〟という〝どこのパラレルワールドにでもある珍しくもなんともないおしゃべり〟をする輩が多いというだけであって、それらを簡単に識別する方法を磨いて準備ができたら〝どこのパラレルワールドでも珍しそうな主張〟を見つけて行けばよい


それらを〝統合的リンキング〟していけば、世界は進化する。

例えば、それを理解するアーティストは、歌ったりして頑張っている


♢ この世界がパラレルワールドだという理解


パラレルワールド(並行世界)を外側に考えるのは、〝自分の世界にパラレルワールドを存在させない〟という主張だが、〝パラレルワールドが何であるか分からない〟というところが大きいと思うので、簡単にでもまともなモデルに接した方が良い。


パラレルワールドは内側にある。ただしこの主張自体が深くて珍しい深度のものである。


要は、〝原子があなたの体にある〟とまっとうな科学者が原始人に象形文字で翻訳主張しても

原始人の世界に原子は定立されていない〟ので〝AQAL(ポスト形而上学)では あるとはいえない


パラレルワールドでも同様だが、〝原始人でも腹が減る、CO2を出す〟のと同様

そういう〝皆、パラレルワールドグラウンドな共時的法則が働いている〟とAQALを使う者は定立できる。


それ以外の者は、興味や意味を持たないので、話に加わってくれない

その中に、金儲けや破壊のためにその法則があると信じてやって来る者もいて、彼らは〝さらに話に加わってくれていない


という風に、明らかに〝空、そして多世界〟が存在していることが分かったところで、具体例へ。


私とまいは、〝私とまいが仲良しの世界〟である。

一者として存在生起する、パラレルワールドの総体的な任意の世界空間の中で

そのような〝恋と共時的運命と出逢いの世界〟が、他のほぼ私達や誰かや大衆などによって〝定立〟されている〝世界空間〟であるが、それそのものが〝私とまいが体現しているコスモス(視点)である〟と言える。


この地球もまた〝視点〟であり、見る人が見れば、多次元的なパラレルワールドがふんだんに含まれている〝ひとつの地球〟なのだ。


私とまいが〝なぜ出会ったのか?〟の答えにたどり着き、粘っこくしつこい不安(笑)から解放された時、ここにその〝世界空間〟が生起する

例えば3人称的には、この文章として。


また、〝まだこの視点に達していない2人がなぜ出会えたのか?〟という疑問に対しては〝インテグラルの入り口で開示され、不安や苦しさや違和感(いわゆる一つのスピリチュアル・エマージェンシー)を根拠にして、長年かけて解明追究していった〟ことで、創発したと答えられる。これこそが、創発(エマージェンス)の流れ自体を多次元的に体験することであり、次第にパラレルワールドをこの地球上に生起させていくプロセスとなる


まいが高校時代から〝直観〟によって〝恋人がほしい〟と歌っていたわけだが、私が高校時代の終わりに〝なぜそのメッセージを受け取れたか〟というと、〝願えばかなう〟→〝まいは人間が夢見うる歌という世界で自己実現したいと発見して、努力して叶えた。恋もまた、同じなのだろう〟というロジックで、補足したわけだ。そうして、まいは私のロジック(視点の取り方)、私はまいの直観を取り入れて、成長していき、この視点に至ったわけだ。


つまり、ロジックが共時性を少しでも恐れている正当な科学を常識として 受け入れている者と恋に落ちていた場合は、まいは人生で歌手として本人的には成功していなかった、ということらしい。


だから、まいは、共時性の法則を理解した今、やはり私のことを嫌いにならない


ふがいなく、結婚できなくても。


もう一つの例として、漫画のワンピースを見る。


〝富と名声とロマンと海と、そのたもろもろ・・・〟の世界が 実際に展開した、世界がどこかにある。

少なくとも、そう感じさせてくれるほど、ワンピースの世界は深く、私とまいの〝恋の世界空間〟とはまた違った〝夢と冒険の世界空間〟である。


芸術家ないしすべての人が、〝インテグラルにおいて統合的対話ができる〟という時、それは他のパラレルワールド総合的な〝世界空間〟を、互いに共感できることをも意味している


なお、パラレルワールドの微積分的に言えば、〝歴史(世界)・時代(タイム)・空間(視野)〟の3つのグラフ軸にて〝世界空間〟を理解・把握すればよい。


話を戻すと

ワンピースのファンタジー性は、神話段階の産物ではなく、間違いなくインテグラルと言えるが、〝パラレルワールドの総体を含んだ多宇宙としての ある世界空間〟をしっかりと体現している(ように見える)からで、おそらく普通の解釈ではワンピースのすべてを脱構築(批評)しつくせないはずである

これは、私がワンピースをきままに また深く好き好んで〝解説〟してきた経験からも分かる。


そして、人気の秘密は、この〝今までの地球の歴史にはない多地球〟にまで世界を連れて行ってくれる、ところに、皆期待して楽しんでいるからだろう (原子と原始人、多世界の法則の視点も参照。)

これを〝自然な共時性を恐れた普通の科学的常識〟のままで〝理解して勝とう〟とすると、あらぬ方向に行きがちで、最近のインパクトブーム(破壊系ブームにまで)は、深い共時性を恐れた世俗的科学の信念で構成された独白的な世界で生きていることや そういった人々が大多数である点に無意識的である。


ワンピースが指し示している世界(ワクワク)は、もっと多宇宙(ここ)的である。


♢ まとめとおまけ


あなたが〝世界を見る〟というとき

単に〝目の前にある机〟を見ていても

〝目の前にある机〟が〝一番あなたに近い対象ではない〟


この点が大変重要で

机を〝見ているかどうか(視野)〟〝いつ見ているか(時間)〟〝なぜ見ているか(日常)〟

3つの次元(例の微積のグラフ軸)で 見なければならない

特に、時間の次元以外はAQALを使うことが深い理解には必須となっていて

机ではなくて、もっと内面的でしかも深い高度の(視野) さらに複雑な指示対象(日常‐歴史)

を見ているかもしれないのである。


もちろん、その本人の〝世界空間〟なので、それが深ければ深いほど、〝パラレルワールドの総体が内側に生起している〟ということで、そういった複雑かもしれない指示対象が〝どういう理由で〟起こっているかを、この地球にはないような歴史的展開や日常文化をも考慮して〝理解・把握しなければならない〟ということだ。


あなたに一番近い世界は、あなたに生起している世界 であって

単に目に見えるものとも、この地球上に当たり前のようにあるものとも限らない。


慣性系として世界空間を論じる場合、パラレルワールドの総体において

世界空間を〝世界系〟と呼んでも良いが、今回は使っていない。


ワンピースの〝世界系〟(Q/4)重心

私とまいの〝世界系〟(Q/2)重心

など。


メロディないし歌メロは、普通、一人の脳内につき一つしか生起しない。

複数のメロディを重ねたようなものが鳴ることもあるので

それらを〝コード進行で規定できる〟として

私は〝メロディーライン〟と呼んでいる。


この視点から

〝あなたの頭ないし心の世界空間(世界系)におけるメロディーラインのコスモスの総ポテンシャルは無限

〝あなたの音楽の世界系における あなたの運命・共時性・インスピレーションに関する メロディーラインは、少なくともある一定の時間に1系統生起する


簡単に言うと、〝あなたらしいメロディが1種類思い浮かぶ〟ということだ。


〝何も思い浮かんでいない(時間)〟〝他のメロディをさしおいて なぜかこのメロディーラインが流れてくる(空間・視野)〟という両方の視点について、あなた(運命・歴史)とともに、その共時的なインスピレーションの総体を、次第に理解していかねばならないだろう、ということを意味しているわけである。


メロディーラインは、インテグラル方向において、ちょっとだけ〝共時性が起こりやすくなるような秩序が増す〟と捉えられ

私がこの時間に思い浮かんだメロディは、同時にまいが演奏している楽曲に〝曲想や歌詞や主題〟が近く、私とまいの〝世界系(L/9,Q/2)〟に そういった音楽ないしイベントが起こっているから、私たちの世界に生起しているから、となる。


ただし、私達は、共時性として起こった後に、その事実を知ることになる。

そうしなくても、上記から〝大体は 世界系にて似たことが起こり続けており、共時性はそのごく一部の結果にすぎず、確認しなくても 自然に内的ないし心身総合的に 感じ取っている〟となる。


想いが、そうして、共時性、インスピレーション、稀な世界空間(世界系)、直観、創発(成長)と、2人を結び付けるように

信じる営み、平和への そして 健全への そうした真に根拠を伴った〝歩み〟が、世界にもっと すごいものを

より良き実質と 愛をもたらし 形になって 広がっていく ――――――


とりあえず 知っておくこと。それが最善。


(2016 11 24)

2014年1月27日 (月)

[影÷∞=影] パラレルワールドの全体構造

並行世界の特徴は、無限に仮定できるということだ。

ということは、逆に、私たちの方が常に有限である、から始めてはどうだろう?


・これで解決!?並行世界の大前提!!

(支点0)・・・どの世界(線)にも、それまでの歴史が一致した世界(線)が、時代差無限にある。(6次元グラフのA、O、B)

(支点1)・・・私たちはどの並行世界にも行ける。(マクロ。予知夢含む。)

(支点2)・・・私たちは、歴史の一致した、無限の並行世界を経験する。(ミクロ)

(支点3)・・・(1)(2)より、私たちは、いつでもよく知っている過去や未来に行ける。(亡くなった恋人が生きている時代。この瞬間を経験した未来の自分。)

(支点0)の(6次元)A、O、B線は、マクロなタイムマシン交流により、すぐに線でなくなり(ズレ)、新しいA、O、B線を納得できる。

この線は、ハンターハンターのネオンの予知占いの関係と言える。

さて。次は、私たち有形な存在が何であるかを見ていこう。


(影÷∞=影) 私とは?宇宙とは?

輪廻転生はない。私(命)がリアリティを創る。

超意識を持つのは私(命)であり、生まれ変わりを含むあらゆるものも、私(命)が直覚しているものだ。

過去生の記憶を、並行世界を含む超意識で説明するメリットは

私(命)が永続しなくなれば、宇宙は本質的に、無であると言えるからだ。

死んで骨だけ・・・。幽体離脱の微細心身も、外形であるエネルギーがなくなれば、消える。

我々の宇宙は、高次元に投影された影であり、その高次元も影である。

ビッグバンで生まれた宇宙も、ビッグクランチで無となる。

この世は、相対的にリアルで、絶対的には無

影は、いくら大きな並行世界の数で割っても、影である。

心配しないで。

創発を加速させても、無(ワンテイスト)は退いてゆくが、、タイムコミュニケーションを繰り返すほど、相対的にどんどん天国に近づける。私たちみんな。


・タイムトラベルの種類と、適切な道

私が今日のテーマに至ったのは、普通に考えていくと、無限に無限に、最初からあるはずの並行世界が、増殖してゆくからだ。

歴史を変えたずっと後にしか現れない世界といえど、この世が影なら、有形の存在では、条件を満たさねば到達こそできないが、今あると言えるに至った。

では、タイムマシンの性能によって、歴史の変え方、未来の選び方に、どのような影響が出てくるのか?

これを考えて、今日の結論を締めくくりたい。


・片側通行(タイター)

まだ、未来A⊂現在O⊂過去B。

過去の方が潜在的に有利で、タイムコミュニケーションが十分にできない。

一定時代をループして良くしてゆく方法に適している。

このタイムトラベルは、元の世界線には2度と戻ることができないので、基本は別人に受け継いでもらう方式。

そのうち、より高度なタイムマシンができるに違いない。

(重力地場型のタイムマシン)


・両側通行(ドラゴンボール)

未来A=現在O=過去B。

ループせず、未来まで故郷の世界線中心に、歴史を選択してゆく方法に適している。

(ワームホール・タイムトンネル型のタイムマシン)


A(0)⊂O(0)⊂B(0)の10年後が

A(10)=O(10)=B(10)だとして

新たにA´(10)⊂O(10)⊂B´(10)が導かれるとき

(Aが、Oから時代差10年後の未来として)

O(0)の時点で、A´(0)が存在した、という点に注意。

セルも現れなかった頃にGTの世界

が存在していることになり

私たちは、高次元にアクセスして、無(ワンテイスト)に近づいてゆく〝有形〟

ゆえに、一定の順序を踏まねば、OからA´に行けない・・・と言える。


PCが壊れた時に、ネットで安くHDD交換してくれるところを探さないと・・・なのに・・・

という状況に似ている。(自分で修理できる人は別の例を考えよう。)

買い換えるなりしてから、その情報をあらかじめ調べておくことで

対応できるようになる。

タイムマシンのある未来に行くために、タイムマシンが必要・・・

ということだ。(未来から来てくれるなら、別の例を考えよう。)

OからA´とは、安くHDD交換に応じてくれるところの情報を伝えてくれるということ。

その場合も、相互理解として、こちらも相手の話を聞かないといけない。

それができて初めて、あなたはA´を見い出す。

パラレルワールドは、統合的に考えないと、深いところで瓦解するので、手に負えなくなったら、ひとまずあなたのベストポジションに戻ろう。

決して、安易に、ない!と決めつけないように。

あったら困るから(笑)


(2014.01.27)


・リアルアップデートワールド ~ネオンの予知占いの本編適用時の補足~


A⊂O⊂B → A=O=Bから、A[X]~A´=O=B~B´[Y]を導く。

A⌒O⌒B曲線にし、A⌒O上に接線X(接点A[X]蜘蛛半壊)、O⌒B上に接線Y(接点B´[Y]ネオンパパ貧乏)を引くことができる。(歴史は一例。X,Yに変数a,bを加えても良い。)

X,Yは創発の順序を表す。年代はB→B´[Y]→ O→A[X]→A´である。

( ´ )は、A⌒O,O⌒B上での創発の向きを表す。無くても良い。

考えてみた方は、既存予知占いB→B´をA⊂O⊂Bに適用するのが不可能であることにお気づきだと思う。A→A´,B→B´の関係は直線モデルではなく曲線モデルで捉えることで解消できる。

曲線でもA,O,Bから片側・両側の議論が可能。

冒頭は、デフォルトの並行世界A,O,B上の任意の地点で予知占いを行ったらその延長線の世界の歴史を示す、という意味で、前提として、干渉していてはならない。(A⊂O⊂B → A=O=B が無数にできて、初期の議論として難を生む。)

数学嫌いの方には申し訳ないが、そんなに複雑な話ではないので、読み飛ばしてもらって構わない。

疑問に思った方向けの補足である。


(2014.02.11)

2013年1月12日 (土)

今日のダイアリー

そういえばここ数年、毎日のようにつけるタイプのDiaryは書いてない。アップデート専用になっている。理由は、皆に読みやすく、私が書きやすいからだ。なるべく普遍性を大切にしたいと思っている。

それにしても、アルバムのリメイクはかなり大変だった。ポテンシャルを使い切ってしまった。自分の作品を、あくまでアレンジの視点で行う、加工であるため、芸術ではなく技術。1億円で依頼してしまった!!私に依頼してしまった。私は1億円を稼いでしまった!現在の財産は特になし。自分で自分に依頼するという、この思考実験は、1円でも1兆円でもいい。

同様に自転車。最近全くと言っていいほど乗っていない。昔、片道60km走って往復してくることで、関東から九州まで行ける話をした。有馬温泉にも言えることだが、近くであればあるほど、乗り換え回数が、他社を通してあればあるほど、電車賃は極端に高くなる。いい例が地下鉄で、3km程の往復を自転車でするだけで、18きっぷが1/5回(約4~5時間)使える。ちょっとそこまで自転車運転して、神戸―敦賀を直通新快速で走ってる自分を想像して微笑ましくなったり。視点のセラピーはおもしろい。エネルギー問題に通じるものもある。1km10円としても、やはりクリーンな乗りものだ。

この間の日記ですばらしいのは、多くのユニークな論文的アップデートがされていることだ。私の目標としては、最初から最後まで読んだとき、一冊の本として読める、前後の章の内容のリンクが自然に成されてゆくこと。今回も、基本的に書きおろしで、人が自然に創造性を発揮するには一番良いスタイルだとあらためて感じた。メモもしたが、いざ書くとすれば、書きたいことを、内面にあるイメージを表現するようにして、メモにたよらず書く。そうすることで書きおろしでもすじが通る。また、長い作品だと、だんだん脱線したり、論理崩壊しかけていたりするので、手が止まったら読み返して、先を書く。手おくれなら、注をつけたり。今もそうだが、もはや、気持ちをそのまま文にしている。旅日記の場合、読み返してみて、自分ながらよくそんなに旅しているときみたいに書けるなぁ、と思ったものだが、まず、文章という形で、できごとを表現するのだから、まだ内側に思いがあるうちに書けばいつでもポテンシャルを引き出せるのだな、と思った。現に、過去の旅日記はかなりの量である。文体自体は、いわゆる経験で成り、流れているんだな、と思う。

ジュエルペットに出会ったのは かなり利いた。もう2013年!年始に、あのエンジェラバイクが登場してテンション最強になったりしながら、これからも歌と哲学は続けていきたいと思った。maiとも交流し続けていけたらいいな。

エピローグ(2013・1・12)

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【インテグラル】 参考文献♡

  • インテグラル理論 (AQAL)      統合的実践 (ILP)
    「インテグラル・スピリチュアリティ」
    ケン・ウィルバー 著

    「実践インテグラル・ライフ ― 自己成長の設計図」
    ケン・ウィルバー 監修