インテグラルライフ

2023年8月20日 (日)

ジョイボーイ! ~ 楽しむこと(≧▽≦)🎵 暮らすこと🍎💕 ~


神戸近郊・緑が丘 (st.) の〝花火〟を見て、誕生日を迎えて、新たな音楽(ミスチル、まい)を聴いて、半額の パンとスイーツを いっぱい食べて、色々、掛け合わさってきたので、秋以降に見ようと、夏には見る予定の無かった、ジンベエVSフーズフー以降の、ワンピースを、一気見 しました。

成り行きで、この夏は、クーラーを 自主的に、使わないことになっているので、レコーダー(パナさんのディーガ)のHDDに、負担をかけまくりながら、保冷剤を乗っけて、面倒なCMカット (これが嫌で 最近 ほとんどのアニメを見なくなり・・・) を 一気にやります。 (BDに移すと ドライブが壊れやすくなるので 旧式のバトルフランキー? BF-200 とも合わせて、1話見たら、2台で1話×3ファイルを、同じように編集、カットのミスや面倒な苦労を考えると、予備のファイルも、後でやらない方がいいです。 ―― 余談ですが、ミュークルドリーミーみっくす!は、かなり苦労して、短いVIP、長めの楽しいメインシーン、ユニたちも登場する夢シンクロの問題解決シーン、と 3つに分けて、解釈的な 内容は、劇的に変わりした。 ※春の話。 アーティストたちは、私が、こうするとわかって、つくってますから。 フルにあるファイルは消しました。 Wチューナー等を うまく活用すれば、こういうことが、できます。)



ワンピースは、ついに、ワノ国編、もう少しですね。

うっとおしい、クイーン、ついに、ぶっ飛びましたね。



ルフィが、ギア5で、楽しんでいるので、私も、楽しもう、ということで。

時が来たので、郊外の花火を見に、冒険をします。


先の、三木の花火は、総合防災公園で行う、都市規格の花火でした。

郊外のクルマ社会のため、山しかない防災公園・神戸の中央区と北区(有馬街道)の山の裏側から来る クルマたちで、駐車場は満車、2車線あっても、道は大渋滞、おもしろすぎるほど、珍光景と思いますけど、立地的に、防災公園を経由したことがなく、初めてです。

防災公園は、広くて、花火を挙げるには、とても良いところですけど、かなり郊外の花火よりは、駅をメインにしている分、遠くて、山は、再度三・六甲山が そうなように、他に何もなくて、1本道なことが多いですから、まあ、こうなるわけです。



そのエピソードは、まず、7月の佳境に、小野へ向かい、次の花火のリハーサルをする、ということです。

そして、その時、できないであろう、グルメイベントを、堪能しておきます。



停める気がないので、クロスバイクで入ることができなかった、ひまわりの丘公園の 時計塔の辺りが、どうなっているのか、かなり興味があったので、ままちゃり (グリーンシティライナー1号) で、初上陸です。

そこから、歩行者です!!


これが、おもしろくて、いつものように、歩き回って いくわけですよ!


花が かなりきれいで、今回 わたぼうみたいな すまぼうのコスモスの丘には ひまわりがないので たぶん・・・。


公園内の花々が、ジュエルみたいに、雄大で、とてもきれいでした。

牧場付近の池とか、階段とか、にわか歩行者では 行かないところですよね!



晴天すぎるので、適当なタイミングで、退避します。

これが、ママチャリ旅行の、絶大なメリット!

技ですね。


キュウリを食べて、メロンとバニラモナカを買って、そのまま、パクついて、牧場で、濃厚なヨーグルトを食べて (この場合ソフトクリームは、先の方がいいかも。) ひんやりしたところで、先へ。

朝入手した、お徳用のおいしいパンの耳は、ポカリのペットボトル入り保冷バッグ内です。 夜まで、溶けません!



ラーメン食いに、出かけよう(≧▽≦)!!


タマゴを乗せて、チャーシュー2枚、播州ラーメンを、食べました♪

甘いもの食べたら、ね。


キャラメルを口に入れて、移動。

プリンもイートインして、さて、定番の温泉へ向かいますよ!!



日差しと気温は とんでもないことになっているので、短い移動と、涼むことを、繰り返します。

ままちゃり、停め放題です。

車よりも、スリムですし。


余談ですけど、わたしは、1.0車線走行という、速度以外はクルマと同じ、方式の運転を メインで行ってます。

つまり、一般車両、クルマ扱いで、走ってます。

つまり、基本的に、追い越しが発生しない広めの車道を、走ります。


そして、車なのに、クルマでは できないことが できる ので、自転車は クルマの上位互換です。

満車だけでも、分かりますよね。 そのスペースもしかり。



というわけで、日中の日差しを 避けていくことで、クロスバイクでは、あり得なかった、日中に くつろぐライドが 叶いました。

温泉に入って、日が落ちてきたら、パンが 持つようになるので、いよいよ、美嚢川・淡河川沿いの平坦・裏道で、防災公園へ!!

くるみパンを、しっかり入手!! クリームパンも!!


今回は、ラストオーダー的な感じで、夜寄りに開いている、いきつけのパン屋に寄れます。



めりけんぱあく、の花火は、数年、30分規模で 見ていないので、神戸の人は、みーんな、緑が丘 (st.) に、集まってきましたよ。

わたしは、メインというか、裏側からですけど、もはや、押し歩きですね。



そして、とても、都会的な花火を 見れました。

これが、ハートに残って、三木の花火は、初めてでしたが、誕生日に向けて、ミスチルとまいを、聴くことに、つながっていきますよ。


☆彡


ということで、ワンピースを一気見した後、アニメのストーリーとしての、今年のタイムラインに、驚きながら、1の羅列も、洒落ではないのだろう、と思い、ギア5を、眺めてました。


そして、ついに、その時がやってきます。

8月の、郊外・花火大会!!



三木の時点でも、郊外ですけど、新潟県・長岡の花火を、2006年に、18きっぷも駆使して、川沿いで見た感じ。

昨年、深夜大雨の中、唯一開かれた、小野の花火を 川沿いで見た時に、特に、郊外の花火の良さを、思い出しました。

ただし、今回は、人につられて推し歩き、なんと、メイン会場で見ます!!



郊外の花火は、静かなところで見る、ということで、その時の曲を、用意しておいたりするわけですね。

それは、雨の中の・・・。 昨年の雰囲気を 参考にしてはいて、でも、メイン会場ですから、人が多くて、昨年とのギャップが、凄かったです。 雨の時は、夜の川沿いは、誰もいませんでしたから。


ままちゃりで、神戸の海側から 小野は、もはや 大冒険のレベルで、やってみるとわかりますが、クロスバイクのライドと、別物です。

輪行が できないからでも ありますね。


しかし、メリットが絶大なので、あまり短い距離を走らず 温存し、ピンポイントで、走ります。



つまり、去年、クロスバイクでの 大雨に遭う 例のライドが、リハーサルに なっていました。

メイン会場の方がいい、ということと、雨でなければ、ままちゃりで行けそう、という。


実際、7月の、大渋滞の、緑が丘まで、道を調べていなかったので、結局、小野から夜に帰るのと、それほど、差はなかったです!!


三木中心部から、神戸側に抜けるときに、一番、山が、多いですからね。

北区~海側 ほどではありませんが。



まず、ぐっぐり眠れたので、ある程度補給して、7時ごろ 出ます。

前回は、さらに早かったですよ。


幸運にも、日差しが少なく、その後、晴れます。

いつもの、行き平たんルートで、海側、舞子公園直通から、玉津経由です。

帰りは車道に出れないので、2号は、通りたくないし、電燈の関係から、帰ったことがないので、帰りは、今回も、神戸の郊外山側経由。

郊外経由だと、ずっと、田舎風景で、逆光が少なく、明るくないので、風情が持続します。

メインストリートでも、広めの歩道と、片側2車線あるのに、電燈ナシ、という、道です!!

 

それはさておき、いつもの、377の歩道ヒルクライムさえ何とかすれば、いい感じの裏道で、稲美エリアをスポーンと抜けて、ちょっとした、一昔前の工業的な丘も越えて、三木鉄道沿いの、石野側へ!

三木中心部に寄れないですけど、これが、小野市への平坦での、最短ルートでしょう。

もうすこし、平坦で西経由でもいいですけど。


そして、定番の温泉で、今回は、長く、過ごすというプランです。

先の2回は、短めの行程に なりましたからね。


そして、晴れてきたので、日が落ちてくるまで、色々考えながら、上がった後は、オレンジとマンゴーのジュース、ペプシコーラ、濃いめのコーヒー、どれも100円弱で、氷入りの自販機で、入手。


持参のサンドイッチと、前日買っておいた2割引きの菓子パンも、補給しながら、ひといき!!

この先、落ち着いて食べられないこと 想定。



いよいよ、北!!


今回、私が通っているのは、クロスバイクで、昨年に開発した、いわゆる〝高架~アイガー・ルート〟!


アイガーは、パン屋さんです。 今回は 時間が遅かったです。

人がめっちゃ多い中、スーパーで、菓子パンとドリンクを、入手しました。

まだ、保冷バッグは生きております。


〝高架~アイガー・ルート〟は、いつもの〝加古川のリバー沿いの、帰りでの、粟生~小野町 (st.) まで 右岸の加西市寄り、その後橋を渡って左岸沿い〟というコースではなく、行きでの、温泉、市場 (st.) エリアから、直接、小野中心部、小野 (st.) のある商店街の辺りへ出てしまおう、あるいは花火大会のメイン会場や 牧場貫通を しよう、という発想で、生まれました。


基本、裏道で、今回は、帰りに、夜も走る作戦です。

意外と、明るいです。


このルートは、神戸電鉄粟生線の〝高架下〟をくくり、小野中心部のパン屋さんエリア、つまり、花火大会のメイン会場まで、市場エリアから 加古川リバーを見ずに、東寄りを貫通!


土地勘が芽生えてくると、できます。

小野駅は、通りません。


このルート、かなり重宝して、縁がなかった、粟生駅より東側の丘の繁華街に、詳しくなりました。

きらら通りの辺りの、東側の裏道、を通る機会が出来ました。

花火大会の時は、打ち上げ場所になりますから、その手前、メイン会場が 今回の到達地点。

手前に、ままちゃりを停めたら、完全、徒歩です。

というより、一度押し歩いて、引き返しました(笑)



夜のダンスステージも 向こうに 観れました。

その後は、お気に入りを聴きながら、花火です。


真正面でした!!

東側の、きらら通りより 南側が、打ち上げ場所ですね?



この花火は、都市規格の花火より、丁寧に、大切に、花火を打ち上げていきます。

単純に、バコバコ打ちあがるのに慣れている、阪神・神戸・三木エリアの人たちは、マンネリと感じることもあるかもしれませんが、わたしは、好きです。


大きなものも、ひとつひとつ、見れました。



きらきら、とにかく、きらきら、しまくっている花火が多くて、地味に、見たことがない気がします。


きらきらしている時間が長いです。


凝った花火が多くて、人が多いけれど、川沿いで、数十人と見ている感じ、でもありました。

ただし、迫力は、そうとう、あります。

10分の神戸の花火よりも。


きらら通りがあるから、きらきらしているのか、きらきらするから、きらら通りになったのか…。

後者だと、思いますけど。


ひまわりっぽい花火が多いですよね。

ラストは、三木で見た規模の、あれ、でした。

そして、丁寧に、ものすごいフィナーレで、やっぱり、色とりどりもあり、で、きらきらしてました。


途中に何度か挙がった、食べられそうな、色々な色が ちりばめられている 花火が、特に好きです。

よく工夫された花火が多くて、とても大きいわけですけど、感じは、スーパーで買ってくる花火を やっている、ところを、兼ね備えているような。


そういえば、地元で歩いていると、最近、スーパーで売っている系の、定番の花火を、みんな、してますね。

神戸、花火 夏にやらないから(笑)



というわけで、8月、広義の地元エリア、唯一の花火でした。

8月の花火は、元々、めりけんぱあく、の花火でしたけど、時期的には、三木ですから、めりけんぱぁくは、秋で〝も〟いいです。


暑いしΣ(゚Д゚)|||||。。



ライトを付けるのに 少々手間取りますが・・・。


前回の緑が丘 (st.) では、さすがに電池を入れっぱなしにしていたこともあってか、貴重なヘッドライトのひとつが、接触不良で、不調。

ヘッドライトは、高価で、2つしか持っていないので、小野の花火大会から帰ってくるときは、2つ欲しいところ。


なんとか、前日、端子を磨いて、点くまでにしました。

オンオフしがたいので、逆光の時は、手前で ちょっとの間、片側を手でふさいで、離合します。

(場合によっては、停まって、ハンドルを左寄りに傾けます。)


対向がない作戦の、三木鉄道エリア北の裏道、石野エリア~三木鉄道記念公園 の手前までが、ライト2つ必須区間。

昨年は大雨に当たりながら、クロスバイクで帰ってきました。

寒くないのが、唯一の救い。



そして、三木鉄道記念公園で、定番の休憩をして、補給。

バッグ・カゴを軽くして、山々を越えて帰ります。


この時点で22時半。

そこから、終電新快速の時間で、〝ホーム〟へ。


無事、着いたーーーー\(◎o◎)/!!!!!



あいかわらず、よく、帰ってこれるな、と思いました。


帰れないと、困るんですけど(笑)



つまりは、自転車で、貫通する、って発想が、普通は ないですから、選択肢に のぼらない。

ままちゃりを、クルマのように扱うには、信頼も、ルート開発も、ダイエットも、インテグラルも 必要で、特に、インテグラルを嫌っている、そこのあなた!

それでは、物価上昇の、この時代には、勝てませんよ?


わかってる??



というわけで、アフター・コロナまで含めて、最近、仕掛けられているなと思うことは、ちょっとした独り言を言うだけで、まわりから、怒られている、地元は、生きにくい時代になった、ということです。


私の独り言は、確かに、ある種の魔術、クロウカードですから、わたしに、唯一効く〝魔術の対象〟かもしれません。

実際は、理性で、範囲を絞って、しゃべっていますけど。


あるいは、生理現象です。

止められないわけです。

周りにしゃべる人、いませんからね。

声の健康上、声は、出さないと。



怒られるというのは、意味不明の 咳払いとかを、やってくるということです。


ここで言っときますけど、クルマのクラクションは、道交法上の対象に、合理的な範囲で使っていかないと、そのうち、大変なことに。

信号無視と変わらない。

もし勘違いされでもしたら、何が起こるか…。


時折、これについて考えますけど、私が歩行者に対してベルを鳴らすのは、別の理由です。

私が歩行者生活にシフトして、生きにくいと感じつつ、最もうっとおしいことのひとつは、自転車の接近が分からないこと。

だから、歩行者には、自転車の接近を 知る 権利があるため、判断で、ベルを鳴らしてます。

つまり、ここで、不意に、右に左に歩かれるならば、鳴らしてはいけないわけで、そうならないことを、織り込んで、安全を開発します。


そう単純ではないです。

クルマのクラクションでは、まずできないでしょう。



つまり、ベル+徐行 ができなければ、それで、ベルを鳴らす意味が ありません。

危険運転をしていないことが、歩行者に分からないと いけないからです。


クルマは、徐行しないですから、そもそも、条件を満たしませんよね。

考えたことすら、無いでしょう。

例の停止線で、停まらないし。



ちょっと、思いついたので、問題解決の発想として、乗せます。


体の垢を、全身、片っ端から、擦ってくとします。

昔話でもいいです。


どれだけ擦って、ゴミを出しても、体が こすれていくだけです。

どうせ、自然に、出ますし。


やがて、賢い人は、気づきます。

擦り続けながら、どれだけ擦って、全部 垢を出しても、体が腫れるだけで、いいことはない。


つまり、垢を擦り続けていくことが、現代の営み そのもので、ゴミ問題から、特別警報、物価の上昇まで言えます。

丁寧に花火を挙げることも、そう言われないためには、牛耳る何者かを〝生み出さない〟ことが 必要です。



郊外は特にそうですが、インテグラルや、普遍的な国際化に開くのに、ハードルがあって・・・。 子どもが親と仕事の関係で外国に行く。 子どもは日本にいたいと言う、というような 親の都合 とも似ているでしょうか。

神戸は国際都市ですが、最近は、空気が狭くなった気がします。

生活圏で、例の騒音がひどいからです。


そういう理由で、郊外のアイデンティティも、保存して、進化させている私 ですけど、話を戻しましょう。


垢の話は、それに〝気づくこと〟が、〝ハイパー変数〟ともいえる、〝時間に絡み取られた脳の外側に立つこと〟で、そこから、問題解決能力が、閃光のように到来する、そんなチャンスを 産むわけです。


垢を取るかどうかではなく、〝気づくこと〟で〝その時に、即座の変化が起きて、垢と自分の関係が変わっている〟点が重要ですね。


権力者は、垢を擦り続けているわけです。

繰り返し、繰り返し、やめない。



そういえば、白雲谷♨の 池のほとりの露天風呂に入りながら、ふしぎな雲を見ました。

なんか、この日は、へんてこな雲が、多かったです。


とりあえず、炎を わっか状にまとった、ラーミアが、居ました!

次第に、異次元に移ってました。



世界は、つながっている、らしいですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年6月 2日 (金)

ままちゃりで小野に行こう☀ ~丹波篠山に桜と温泉・そして KOBEまつり♪~

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〔春の🌸Diary⭐🌞💗〕 ままちゃりで小野に行こう☀ ~丹波篠山に桜と温泉・そして KOBEまつり♪~

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0章 : アフター〝コロナカ〟と... ウオーク〝ライフ〟


歩行者生活 (ライフ・オブ・ほっこー[笑]♪) に〝シフト〟して、早1年ですねー。

ウオークには、ギアがあるんですよ。 (後術!)


というわけで、2020年の初頭時点で (たぶん、ゆきちゃんと) 〝普通の暮らしができるように生きる〟っていう、いま、推奨されていることを、わたしは、ずっと、言っておりましたね。

2022年、とら年に、やっと、花火大会が開かれて、ゼロから、スタートした、と思います。

わたしが、ウオークに、完全シフトしたのは、この後ですよ。


NHKで、なんとなく、盛り上がってる気がする、みらいのことばを伴う〝小野市〟ですが、昨年に、大花火大会でお世話になったこともあり、初、ままちゃり (グリーンシティライナー1号) で、サイコンとメタルなペダルを付けて、初上陸するという おはなし。 後半になります。


近況は、いろいろあって、100日くらい、家から一歩も出なかった 冬の期は、痩せていたこともあってか、やたら寒く感じて、砂糖入りの紅茶を 飲みまくっていたら、わりと太っていたので、なんとかしなきゃ・・・と。

つまりは、メンタリティとスピリチュアリティ、総合的な体調は、とてもよくなかった、と思います。

決定的に重要なこと 以外は、何ひとつできなかった、と、言えましょう。

たぶん、ミスチル(桜井さん)と、わたし、が、一番、みえないところで、最近、きついんじゃないかな、と、感じるような、気もしますね。


NHKで、弱虫ペダル(リミットブレイク) が放映されて、わたしは、決断しました。

桜を見よう!!


少し、付記しますが、7人の敵や、夕立ちカン十郎と、関係するのかは わかりませんが、サトシの絵柄(ハイパー変数のファクター)が、ぐちゃぐちゃにされているような現実は、商業(Q/3,4、第二の抗争)がフラットランドで、かならず、メディアを牛耳る〝グリングス・コーダイ〟に行きつくのでしょう。

放映倫理(Q/2、第一の抗争) とは また違いますが、両方の悪いところが 掛け合わされたら、5D’s で言い当てられたことが、起きます。

(あれは、まだ、〝詰み〟を犯してイナイない陣営に、宛てていますからね。 あたま[金]ですよね✧)


 

1章 : ウオーキング🌸スタート & グリーンシティライナーと温泉へ!


と、いうわけで、わたしは、咲き始めの桜を見に、近くへ ウオークしました。

要チェックや(*´▽`*)🌸!!


そして、翌日、12月初めに1回だけ使ってた、ままちゃり(グリーンシティライナー)を、引っ張り出して、片道1時間圏の温泉へ!

徒歩も考慮しましたが、足を痛めないように、自転車を選択!!

すでに、自転車に乗れないくらいの 強度ゲージでしたからね。 弱ぺダ効果ですね(*'▽')!!


温泉の露天に入りながら、うぐいすの声を聴き、アウトドアって、いいものだな、と思いながら、桜と、想いの丘も ほほえましい 菜の花畑を見て、サイコンと メタルなペダル!!

金属ペダルは、プロショップで、ルビーエンジェラバイク(クロスバイク)に勧められたことがあって、ビンディング化の前に、買っておいたもの。 グリーンシティライナーに転用(カスタマイズ)しました。

プラペダルに比べて、ゆるくならないので、ビンディングのような ガッチリ感で、ゴッホ顔負けの 古い靴 (Diaryに書いていた気がする 2007年くらいに買ったもの) で 母指球 (ぼし☆キュウ⛄(⋈◍>◡<◍)。✧♡)より下側〔かかと寄り〕でも漕げるという、特徴が、あります。


桜ライドには、イチオシの流れがあって、わたしは〝さくら獲得標高〟と呼んでおります。

フィルム『Z』に出てきた〝さくら前線〟のような 呼び方ですね。

さくら獲得標高は、見た桜の数、印象によって、標高ゲージを 上げていきます。

一種の 変数 ですよね。

クロスバイク、スポーツ自転車で行うと、かなり、ゲージを、上げられます。

それだけでは、もの足りないので、グルメ、鉄道沿いも含めた 秘境旅、と 組み合わせて!!

 

🚃

 

2章 : ルビーエンジェラバイクで丹波篠山🌸


ルビーエンジェラバイク(まほうのホウキ号)で、丹波篠山に向かいます。

インドアから、徒歩、ままちゃり、徒歩、の翌日です。

10月初めの、逢坂峠・忍頂寺の、酒蔵通り直通、ハイパーロングライド後、そのままにしておいたバイクで、簡単なメンテナンスをして、出発です。

とりあえず、行けるところまで行ってみる、ということです。

粟生くらいで輪行もアリです。

慣れていなくて、苦手ですけどね(*´Д`)|||||。。


今回のロングライド、一度だけ、自転車に乗っておく必要があって、グリーンシティライナーを出しました。

サイコンと メタルペダルは、その布石です。


ヒルクライムは、一応 できることが分かったので、自転車と わたし、双方のキャパシティ、調子を考えて、なんとか、引き返さずに 進みます。

タイヤ辺りは、湿気等で 徐々に劣化。 ワイヤー類も、少しずつ 伸びてきますね。


頑張って、東条川沿いまで、丘を越えます。

美嚢川を経て、なんとか、加東市の平坦部に たどり着いたので、わずかな上り基調の道を、あまり休憩を挟まず、ゆっくり進んでいきます。

徒歩で さくらを見に 出かけたとき、チョコモナカを食べたりしつつ 買っておいた〝みぞれ玉〟の大玉キャンディー2つを、りすのドングリのごとく、口に入れ、平坦基調の東条川と、三田市に。

 

ぴょんぴょん行きたい...ところですけど Σ(゚Д゚)||||||||


🌸

 

ついに、丹波篠山に、たどり着きます。

ちょっと ややこしいですけど、1年目の坂道のナンバー176ルート 裏道で、繋げられます。

 

初、さくらの篠山城です!!

(昨年は、ちょっとだけ、早かったんですよね。 2022年 さくらのフィナーレは 赤穂でした。)


お目当ての 焼き鯖寿司で、城下の桜です!!

穏やかな風、サイコーの気温、五月晴れの 3月ですねー。

焼き栗を 食べたことがあるので、今度は、栗のソフトクリームを。

そこそこ、重要な補給ですよ。

道中、持参の 簡単なサンドイッチ でしたからねー。


そういえば、プーさんが放映される頃に、黒豆パンを 試食しましたよ。

わたしは、甘くない黒枝豆が好きですけど、味がしっかりしていて、普遍基準で、黒豆パンは おいしいですね。

その後、補給が不足することになるので、コッペパンとか 買っておけばよかったかな?


今日は、川代渓谷の桜、というのが、モチベーションです。

数年間、ずーっと、ねらっていましたからねー。

 

でも、実は、川沿いの裏道が、最高でした。

篠山城から、篠山川沿いの桜を、宮田川にも寄りながら。

 

漕がなくても ある程度進むので、ウオークと違って、絶妙です。

これができる場所に、去年 行こうとしましたが、北谷川沿いなど、すてきなところは、寄りにくいんですよね。

ひさしぶりに、ふんだんに、まったり、桜並木を、走りました。


そして、川代公園まで快走して、いい時間なので、そのまま、〝へそ〟を通って 帰ります。

以前、夕方に、ハンバーガーを食べたことが、ありますよーー\(◎o◎)チャージ/!(爆🔥)


付記しますが、さすがに 足も痛くなってきて、輪行するか、状況に尋ね、すでに、交通量も少なくなってるので、ゆっくり、帰ることにします。

いつも しんどい のは、ラストの 数十キロです。

 

前半の 到達地点エリアは、楽しいですから。

そして、上半身は スポーツ用1枚と 長袖1枚だけですから、内陸の夜が寒くて、わすれてたんですけど、凍えながら、必至に、膝にかまわず、強くダンシングして 体を温めながら、自販機で 午後の紅茶の ミルクティー・ホットを飲んで、わずかに 緩和され、引き続き 帰ります。

神戸市に入って、あとひといきですね!!


そう。 これが、早春! わたしの、3月ライドです。


春よ、来い(≧▽≦)🌸!!


 

3章 : 有酸素! ウオーキング・ダイエット再び☕✧


練習すればいいわけですけど ω ・・・。 自転車をやめた理由 が、よく分かりました。

近場を 走って鍛え続ける〝体力維持コスト〟は、まず モチベーションが落ちます。

 

スポーツ扱いで 走っていた とはいえ、もともと ママチャリから入ったので、生活用途として 必要な時に使う、という方が、わたしに合っていました。

キミ、なんで、自転車乗ってるの? と、聞かれたくないときに 聞かれた場合、答えに困るってことですよねー(・∀・)✧

クルマが、ごちゃごちゃしてても、自転車が車道に入れれば、だいぶ、マシになるんですが。


最低限と 最大限は、紙一重。


と、思いました。


🌸

 

ウオーキング・ゲージは、自転車のゲージとは、別に溜まっていくようです。

つまり、両方を バランスよく行えば、一方のみ よりも、効率化します。

2020年以降、わたしは、インドアライフを 応用して、クロスバイクに乗っていました。

もし、これを、ウオークに分散すれば、ダイエットに なるのです!!


ここで、去年に開発した、ダイエットを、再び、2年目、2巡目として、行うことに!

昨年は、まだ、自転車期として、今年は、ウオークに完全シフトした重心から、行っている点と、昨年は 5月から、今年は、3月末からですよ。

1か月早いので、その分、色々と 楽でした。

先の篠山ライドで、きつかったこと、その前のママチャリライドで 腰から車体を振って 膝に負担をかからなくするダンシングが、以前ほど やせ体系 ではなくなって、できなくなっていたこと 等から、必要と 考えます。


インドアライフ&一点型のロングライド、では、効率のいいダイエットは 出来ません。

基本、体脂肪を燃やすには、1日40分ないし 1時間の、有酸素運動が 条件です。

それを日課にして 繰り返すことで、1か月単位で、痩せていきます。

以前は 2か月だったので、痩せにくくなっていなければ、2か月で、痩せるでしょう。


昨年は、ウオーキングの運動強度の低さに、自転車に乗っているときのような筋肉の使い方を ねじ込もうとして、失敗しました。

自転車に直近で乗っていて、乗りたくても乗れない という空気から、ダイエットに入ったためです。

今年は、それを 強化一新 します。


ウオーキングは、その消費カロリーの少なさから、もっとも、負担のかからない移動方法 だと言えます。

自転車は、場合によって、そうですが、局所疲労があります。


つまり、自転車の難点である、特定の部分、ひざなどを 痛めてしまう 副作用を 避けるように、ダイエットします。

自転車は車両ですから、ダイエット目的で、車道を走るのは、わたしに合っていません。

わたしは、交通戦争の現状が 嫌です。


というわけで、ウオーキングを、1時間強、1日に2回、やることにしました。

朝夕が最適ですが、2回目は、糖質消費と割り切って、あいだに 補給を入れられるメリットを、重視します。


最初の40分は、ほぼ、体脂肪しか、燃えませんから、筋肉を動かすことができれば、腹に物を入れないほうが、腰を動かすことができて、快走できます。

自転車のような ラピッド感を、ウオーキングに とどめる方法を、色々と考えました。

爆弾石(イオラ)を錬金した、魔法の杖(イオ)、という視点ですよね。

1回使えば なくなっちゃう 消費アイテムを、半永久的にするわけです。

爆発力は 劣りますが、ドラクエ2(GB)の いかづちの杖のように、重宝する感じに したいですよね?


まず、ウオークでは、5センチくらい 体を浮かす体感で 歩きます。

つまり、一切 力を入れずに、負担が掛からないように 低速で 歩いていきます。

ここで、ギアが重要になってきて、手と腰の振り(フロント)×歩幅(リア)×歩調(ケイデンス) という、3項で、歩きのコントロールができます。 (ルギアじゃなくて、ギギギアルですよー\(◎o◎)/⚙×⚙×⚙!)

 

腰回りが痩せてくることで、クロスバイクのような ハイブリッドな動きができるのです。

基本は、すべて ミドルで。

 

自転車のギアと違って、回転だけではなく、体全体で体現して、局所疲労を 軽減します。

体重を支えると言いますが、ヒルクライムのダンシングは、それ以上の負担ですよね。

特に、ままちゃりは。


そして、持続型の テンションを 5まで上げられれば、十分な動きが出来て、テンションが 20まで上がれば、覚えているスキル内の ウオーキングで、基本、何でも出来ます。

5月の早朝に歩く場合は、植物性のミルク、つまり、たんぱく源としての、糖質控えめの豆乳の補給で、1回目のウオーキングのための 筋肉を動かせることを 発見しました。 ホットなコーヒーと いただきます。

 

胃に 物を入れないわけです。

16時間ダイエットの経験の応用です。 8時間ダイエットとして、前者の経験を生かした食べ方を、倍の16時間に分散するってことですね。


食べたいものを食べることにしているので、理論上は、食べたくなければ、何も食べない。

そんなことには、まず、なりませんが(・∀・)✧


4枚切りを冷凍して さらに薄く3等分した 食パン・ペラペラ1枚か そのハーフくらいで こんがり焼いて ピーナッツバターをつけて さらにトレイに乗せて焼いて、水溶き小麦粉でカリカリに焼いたプレーンベース+冷凍したスライスバナナ (トースターに入れてる場合は 焼きバナナ) と一緒に、食べます。

他にも、小麦粉のプレーンベースに、薄くスライスしたジャガイモ、たまねぎを、乗せトーストして、ケチャップやピザソース、ブラックペッパーなどと、チーズを乗せて、トレイで焼いた、ピザも。

レタス、きゅうり、トマト、からしとマヨネーズ、場合によって胡椒で、小麦粉のプレーンベースに 乗せるサンドイッチ。

 

熱くなってる紅茶に、豆乳のミルクを投入すると、神ですよ。

コーヒーの場合は、あらかじめ、ミルクを温めて、注ぐといい。


サンドイッチは応用がきいて、たっぷりのマヨネーズとトマト・きゅうり等と一緒に、簡単なパンに はさんで、凍らせたミルクと 持っていけば、道中で買ったバゲットなどで すごく おいしい!!

ままちゃりなら、スーパーマーケットで 食パンを買うのも いいですねー。


他に、少量のお菓子を食べるとか、野菜たっぷりのみそ汁 煮干しを入れて 柔らかく たんぱく源を取りまくる、とか。

 

いずれにしても、ダイエットのカギは、安くて良質な たんぱく質を、1日50g 取れるかどうかです。

脂質が少ない方が、いいでしょう。

パン食主体なら、煮干しは、夜に、みそ汁で 野菜と 食べる、それが 消化的にも、一番、合ってました。


そうこうして、なんだかんだと、黙々、ウオーキングを 続けていきます。

自転車に乗る予定は、ひとまずありませんが、痩せる方がいいとは 思います。

あからさまにやると、飢餓モードになって、いわゆる、ダイエットを制すことができないように、リバウンドの方が制することになるかも (笑)

 

4月は 強めにやりましたが、5月は、多糖類メインで、必要な分だけ 摂ります。

冬で 分かったので、砂糖は、そのまま 摂りません。

 

飴は、2回目のウオーキングのラストに、場合によって 投入します。

筋肉を動かせることが重要で、目標は、中強度での 1回目の 最初の40分です。

それで たぶん、体脂肪が 10g 燃えます。


続けると、色々と相乗効果、基礎代謝で、燃えていきます。

最終的に、節約したカロリーの分の体脂肪が、落ちます。

2回目のウオークは、糖質消費で、太らないようにする 目的 で 行います。


糖質、つまり、体内のグリコーゲンは、使わなければ 体脂肪に なりますから、日々 運動していれば、古いものから使われる限り、体脂肪に なりません。

他に、血糖値としての グルコースが 少なくなれば、ハンガーノック状態として、筋肉が動かなくなるので、豆乳ミルクなどで、癒します。

 

飴は、脂質が無いので 優れていますが、砂糖がダイエットに向かないのは、周知の通りです。

糖質依存時に、安く済ませようと、たんぱく質を けちると、いつしか、甘いものを食べ過ぎて、太ってます。


ポイントは、1回目の40分。

わたしは、一度休憩すると、筋肉を動かすのに 苦労するので、あまり休まずに 負担のかからない 一番有効なテンションで、ちょっと頑張ります。

応用で、2回目を、ママチャリにして お買い物する、という風にも使えるので、移動手段、交通に転用できます。


自転車は、ヒルクライムなど、無酸素運動としての 筋トレ要素が入ってきて、糖質・グリコーゲンが消費されるモジュールが伴います。

一方、歩きは、軽い体で 腰を振っていけば、雨でも出来ますし、にわか歩行者でも 強坂で 応用可能! ほぼ、軽い有酸素運動で、別のゲージと思います。

 

膝などさえ大丈夫なら、ままちゃりで 負担のかからないライドが出来れば、組み合わせて 有酸素運動メインの筋トレを伴い、まんべんなく、必要な筋肉が 得られる気がします。


メインは、歩きです。

自転車を メインにしてしまうと、歩きはすべて、自転車に置き換わると、わたしの経験則は 言ってますよ。


こういったことを ご報告したいがために、機会を うかがっておりました。

 

そして、それが かなったのは、5月を経た 今です。

 

だから このページは、春の出来事、春の記事ですよー。

そして、フィナーレは 小野ライド!!


 

4章 : KOBE✧まつり♪ グルメスイーツ・ポップ・ジャズ・サンバ(≧▽≦)💗


少々 天候が未確定の 5月。

前回の花火大会の時も、未来のセンスを伴う 神戸らしい 恵まれた秋晴れ。

 

きっと、晴れるね!!


今日は、気象庁の晴れ予報通り、良い気候の 神戸まつり!!

2019年は、うたをつくっていて、行かなかったから 5年ぶり!!


レディジュエルペット以降、神戸まつり、サンバの楽しみ方が 分かってきたので、去年の経験も経つつ、12月以来の中央区。


山側の奥の公園か、いや、夕方のことを考えたら、定番の メリケンパーク!!

 

いつものウオーキングを、軽めの40分で終えて、少々早めに、お気に入りの スイーツ・チョコを買いに!!

今回は ナッツ入り!! 行列ができる店でも、神戸まつりのサンデーに、買えるんだね!!

 

葦木場さんが、踊りそう💕


 

バゲットを買って、ちょっとお茶したり、小腹満たしに チョコパンを買ったり、ポップなライブを 聴いたりしながら、キャンディー、チロルチョコ、冷えたミルク などを いただき、メインストリートで ジャズを 楽しみ、サンバが フィナーレ らしいので 15時に フラワーロードの 南エリアへ。

 

腰を振りながら、ウオーキングしているみたいに、踊っている人の 動きに合わせて、先のジャズライブの 手拍子も 折り混ぜ、今までのサンバで、一番 楽しかったですねー。


やっぱり、アートのハイパー変数に 触れている者どうし、今日の日に、これがやりたくて、たまらなかったのよねー。

 

開かれなきゃ、出来ないからね!

自転車で 遠くにいるときと、一緒。

 

この記事の中で、たぶん、一番楽しかったんだけど、ここが セントラルだから。

そのストーム、このトキから、前後のタイムに、色々なライド 出来事が、起こっているの!


 

5章 : グリーンシティライナーの〝サイクルコンピューター〟🍃


自転車に、おそらく 乗れるまでに 回復した私は、メンタルで 4割~6割の状態!

行きつけのパン屋さんにも、ちょくちょく お世話になりつつ、電池交換や センサーの位置を変えての サイコンと、まだまだ✧きらきら!メタルなペダルで、グリーンシティライナー!


神戸まつりも、ままちゃりですよ♡


そして、ついに、グリーンシティライナーは、6章で、神戸市を越えて、三木市に 初上陸!!


今期の〝夢〟は、サイコン& メタルなペダルと トモに、ままちゃり✧郊外サイクリング すること!

そのために、サイコンの調整♪


サイコンは、クロスバイク (まほうのホウキ号) の有線に対して、無線です。

上下の電池交換が 一定期間に必須で、有線では かなり持つ ボタン電池も、一切使わない状態で、1年。

それ以上になると、反応しなくなるのではなく、速度表示が ころころ変わりながら、過剰になったりします。

 

センサーの方の電池残量が 無くなった場合は、サイコンは 0のままですよね。

まさに、リミットな、日付変更線でしょ?


ポイントは、ボタン電池の本体側も、センサーの受信部として、有線とは 比較にならない 電力を消費するように、アクティブに なってそうです。

 

センサー部の電池は あまり安くないので、数日乗らないなら、外した方が いいかも。

少々 雨にも 当ててしまいましたが、今のところ、電池に接する金属面の状態が やや悪くなった、という フェーズです。

 

今後、どこまで 使えるのでしょうか?

一応、バックアップクルー。 予備も あるんですけど。


🌻

 

6章 : グリーンシティライナーで KOBE✧三木♪小野❀ 温泉まで!


🌞

そして、五月晴れ〝期待〟の中、神戸まつりのワクワクと、ままちゃり・グリーンシティライナーの調整が〝すてき〟なうちに、遠出です!!


まずは、早く起きれたところから、ライドを決定しようと、モーニングをつくって、ゆっくりします。

 

特に、去年の夏から秋に 学んだことです。

補給は、道中ではなく、早朝のうちに やってしまう。 部分的にでも これが出来れば、より すてきな食事になるというもの!


しかし、あいにくの天候で、少々、予定を 遅らせました。

 

ラッシュにも引っかかり、パン屋巡りからのスタートが〝ベスト〟と判断。

クロスバイクとの差を考えて、めったに使わない 平たんルートを選択!!


明石川水系、海側!瀬戸エリアの舞子を通って、ダンシングもしながら、川を左手に見つつ 櫨谷(はぜたに)川・ルートでおなじみのラインを北上、玉津 (たま〝つ〟) の橋を通って、高架下から175を東西に抜け、明石川沿いの変則ルートで、並行する裏道も使って 377を北上します。

やせ体系でのママチャリで、開けた〝歩道〟を ダンシングすれば、十分に上れる斜度!! 車道の制限速度は(*´Д`)な...時速50kmでしたよ!! また、377のヒルクライムより〝前〟に、信号のある交差点から、稲美方面・西に抜ける道は、以前 確認して、途中で歩道がない・・・。 気を付けてね!!


(ああ。 そういえば、行きつけのパン屋さんに行くとき、水道工事をしていて、〝車道〟を通っていると、交通整理がしにくい、風な顔をされて、どこの会社だ?と聞いてやったんですけど - 近場のママチャリライドなら強気に出れる! 遠くなら スルーが無難(。-∀-)。。- そこの歩道の自転車道は、ベビーカーを押している人も通っているんですよね! そもそも、SUMAは〝歩行者社会〟〝子ども社会〟だと、とらえなきゃいけないでしょう!! ―― 西区も神戸なのは、ほほえましくもあり。 ちなみに、KOBE 西区のサイクリングロードは、歩道メインですよー。)


そして、クロスバイクでの〝いなみの池巡り〟で開発した、神戸の岩岡の東辺りから、石野ルート・・・ではなく、サイクリングロードで、三木へと向かっていきます!!

377は、いい位置にあって、どちらにも 行けるんですよね!!

 

KOBE 西区のサイクリングロードへは、一旦、175を東に渡って、広めの65号に戻ってから、裏道をつないでいきました。

(サイクリングロードは、リニューアルされましたね。 歩道が嫌いなら、並行する裏道の車道を通るといいですよー。)


 

さて。

いつものルートで、パン屋巡りです!!


最初のパン屋さんは、坂をビューっと下って、割とすぐ!!

朝も そこそこ 早い時間帯に 開いております♪


久々です!!


お気に入りのパン、食べてみたかったパンを、2つ買ったら、ちょうど、きらきらころっ🎵と 500円。

ちょうど おまけもついて、色々あるけど、ままちゃりですから、ゆっくり選べます!!

 

ごまのパンがおいしそう!! ホームで、スライスして トーストしました。


2つの 菓子パンは、偶然、マキバオー と カスケード っぽい 名前 に、見れますねーーー。


 

そして、次のパン屋さんへ!!

そういえば、以前、加西市の北条鉄道沿いで、米粉のパンを食べながら、乗客さんに 三木エリアを勧めた、わたしでしたー(*´▽`*)❀


美嚢川を渡って、いい香り♡


おめあては、サンドイッチで お昼に食べる、食パンやバゲット、そして・・・。


うさちゃん✧だいすきω くるみパン(≧▽≦)♡
うさちゃん✧だいすきω くるみパン(≧▽≦)♡
うさちゃん✧だいすきω くるみパン(≧▽≦)♡


3つあったので、3つとも、買いました。

オトクな食パンも 1斤買って、今から、サンドイッチに 使います!!


くるみパンを ぱくつきます。

おいしすぎ(*´▽`*)!!!!!


こうやって、ルビーエンジェラバイク – まほうのホウキ号 -、クロスバイクで開発した 〝おきにいり〟を、ままちゃり〝グリーンシティライナー〟に ダイヤ化するのって、とーっても、すばらしいですねーーー。

 

ママチャリの小旅行が、いちばん ドラマティックだって、色々な人が 言っておりますが、まさに、その通り。

そのために〝最低限と最大限〟のポイントを、押さえるわけですねー。


 

去年の小野・大花火大会でお世話になった、要チェックのポイント!! 記念公園、三木鉄道エリアを、行きます。

三木鉄道エリアは、旧を付けるのが正しく、雄大な美嚢川が 並行しております。 北側ですね。


このエリアに、チルドなスイーツに強い ちょっぴり ふしぎにすてきな お店があって、西区で食べた パイの店のアップルパイが シナモン強くて合わなかったので、ここで、きらきらきらんと✧ リーズナブルに!!

 

アップルパイ、ではなく、アップル・デザート! アップル・チルド・スイーツ! ですねー。

 

2コイン! 丸ごとなので、クロスバイクでは、余らせますね。

以前は 持ち帰りのみだったけど、今日は、無料のお水で、イートインが 出来ました。

YUNYUNのメロンソーダみたく、お水の、細かな氷が うれしいです!!

 

リンゴには、少量のシナモンが 入っていますが、気になりませんでした。

むしろ、おいしかったです。

 

リンゴを 氷と一緒に 食べたりできました。

 

パイだけでも、冷たくて おいしくて、クリームみたいに、王道のスイーツしてますねー。

焼き立ても 食べたい気がするけど、こういうのが、一番、食べたかったんだろうなー。

 

いちご狩りも 郊外で定番だから、そういうスイーツも いいですよね。

でも、メインなら、また、リピートできますからね。

 

イチゴを バクバク 食べたくなったら、イチゴを ふんだんに使った スイーツも、食べたいですよね。

イチゴのジャンルに関しては、地元に各種、お気に入りが あります💝


アップルパイのハーフを、ラップに包んでもらい、保冷材と一緒に、持ち帰り🎵

石野 (st.) で食べます!!!


今日のライドは、初上陸、三木市止まりではなく、隣接する〝小野市〟まで 行く予定なのですよ!!

 

しかし、すでに、いい時間。

 

くるみパン、サンドイッチ、菓子パン、アップルパイ など、色々と 食べておりますからねー。

道中、補給すると、日が 動きますからねーーーー。


 

裏道を快走して、時速は ままちゃり! 20キロ ♪

通りは、ちょっと行きすぎ!


三木鉄道沿いに出て、戻ろうとすると、自転車が 走れるんだって!!

そろそろ、軽トラも賑やかだし、ここの方が、自転車は いいかもねー。


花きれい!!

KOBEまつりと一緒に、こうして、晴天の中、サイコンと 景色を見て、見通しがいい 静かな、平たんを走っていくのって、すばらしすぎるよねー。


実は、晴天です(*´▽`*)☀!!!!!


石野駅も、旧を付けるのが正解です。

基本的に、わたしは、省略しますけどω


石野駅で、さっき入手したスイーツを、残りのサンドイッチと一緒に、いただきます!!

保冷バッグに入ってる、植物性たんぱく源してる、ミルクコーヒー、ミルク紅茶。 そして、キャベツ!!

まず、キャベツを食べることで、血糖値の上昇を抑えて、太りにくく できますね。

ダイエット章では記述省略していますけど、まず、ホームで、1杯のブラックコーヒー、キャベツ。 とうふ などの たんぱく質、そして、多糖類、という順が、よいのです。

イートインなら、財布を取り出す、サイクリングの道中に 食べたりね。



さて。

いよいよ、荷物も スリムになったし、大花火大会で 思い出の AO方面へと伸びる 鉄道沿いを、北上しましょう。


KOBEから、そして、明石川水系から見ると、基本的には、私の経由の発想は、175です。

クロスバイクで 西脇市に行きつくとき、付近に合流しているからですねー。


とはいっても、現在、だいぶ、西側!

すぐ北西に 加西市が位置するエリアまで 来ています。


小野の花火大会などで、小野市を訪れると、ひまわりの丘と セットで 紹介されると 思うのですが、小野市には、有名な温泉〝ゆぴか〟があります!

ルビーエンジェラバイク - まほうのホウキ号 – では、寄る機会と 時間がないので、ひまわりと ソフトクリームと 南下ルートエリア として、定着させており、今回、それを越えます!!

 

そういえば、加西市に よく出没する、耳がチョコ色の〝ラット(*´ω`*)🍋🌲🍫〟は、なんだか、森の中に居りますよね 💗



ゆぴかは、小野市の かなり西側。 KOBEから見て、南側にある点は、うれしいところです!!

 

敦賀が ほぼ 滋賀県であるように、KOBE側からの、ゆぴかは ほぼ 三木市ですねー。

小野市は、加東市方面から 入ることもできますから、結構 いろいろな、ロングライドできる 市境が、ありますよねー。

 

そして、この道は、来たことないんですぅー(・∀・)✧

ままちゃりで、開発しちゃったー!!

 

そういえば、朝霧駅も、お初で通りましたよ♡


 

今回、休憩は あまりせずに、どんな感じか を、温泉に ガッツリ入りながら、体感します。

ここは、地元のママチャリでも、行きやすいでしょう。 特に 電動自転車!!


ロッカーは、アナログのカードを挿して、おなじみの カギを 取り出す仕様で、普通のロッカーとして 何度も開け閉めできますから、戻ってくる100円ロッカーより、使いやすいですよね。

地元の人に 説明してもらわないと、分からなかったけどω


そうそう 🍃

 

近所のスーパーマーケットの レジにあるのと 同じ機械が、発券機に 付いていました。

まさかの、デビットカードが 使えるのですね!!!


デビットって、FFのデスペルのような、領域を〝オーソリ=〔デ〕〟する意味ですね?

シルバーデビル〔色違いω〕の 倍速2回攻撃のこと…ではないのよねぇ www



ゆぴかは、日差しがまぶしい、天井が高い 3次元を 生かした、独特の〝つくり〟に なっていました。


シャワーの後、最初に 入ってしまったのは…。

 

水風呂Σ(゚Д゚)|||||。。


つまり、ここで、リセットを繰り返し、もう、乾かしロッカー戦法は 使わずに、体洗うタオルだけ 忘れずに 回収して、水飲み場で 水飲んで、何度も入っちゃえ! ってことですねー。


どこかの、秘境の 無人の温泉とかなら 特にですが、どのくらいの深さなのか、底が見えないところでは、注意です!!

 

大底になっていないかも、しれないですし\(◎o◎)/!!!!!

 

↑ なわけないω

 

🌥🌥🌥🌥🌥🌥🌥🌥

 

💚

 

サウナは、音楽よくて、程よい暖かさで、水風呂に 1分 入れれば、その後、いろいろできますねー。


水風呂から、サウナ。

サウナから、水風呂。


どちらでもいいと思いますが、この後、水飲み場で 水を飲むなりして、露天風呂に 足だけ 浸かったりと、外の風にあたりましょう! ってこと ♪

 

これを 何度か 繰り返しながら、暑くなっても 我慢することが多い 入浴スタイルに なりがちの中 (例えば 鼠ヶ関近くの、あつみ温泉、の公衆浴場が、熱すぎて・・・、そういうやり方を 覚えてしまう?―― ) 、少々涼しい感じを保っていくことで、持続して、温泉やサウナに 入り浸り続けることができる、って工夫が、しやすいところですね。

 

このとき、水風呂が、源泉などの 温泉だったら、成分が飛ばないから、ベストなんです。

熱い温泉が1つだけの 小さな浴場の場合は、水道水で洗い流すと、ロスが大きいから、ずっと入っちゃう。

 

今回は いい時間なので、最後に 源泉に入って。 リラックス効果 + 温泉成分を乾かして出る、で、120%!OK ♪


基本的に、出るときに 成分をつけるのが わたし流 (笑)

その他の入り方の工夫は、楽しめばいいから、適当でいい!


温泉って、温かい場合は、大体 判別できるけど、無臭で冷たい場合は、分からない気がします。

地元なら、入り方は、聞いといた方が、トクですねー。


時計を眺めつつ…。

 

平坦で 南から帰りたいけど、慣れてないから、いつもの KOBE 直通ルートに・・・なる?

今宵は、あの日に比べて、いい天気ー( ˘ω˘)☀


 

ままちゃり、サイコン、小野 ♪

 

朝に、チョコモナカも 食べましたし♡

この3つが揃ってほしいなぁー、って、思ってました。

 

これで、この春の〝夢〟は、すべて 叶いましたね。

 

そんなわけで、明るいうちに、記念公園まで 戻って、残りのドリンクと サンドイッチを 補給。 夕方の日付変更線♪

篠山帰りとも共通の。 いつもの〝KOBE〟ルートで、帰りましたよ♡

 

🍪

 

7章 : ぐっすり( ˘ω˘)☆彡 そして ❀ おはよう(*'▽')☀!


温泉を宿して帰った後、ぐっすりでした。

ダイエット期になってから、ウオークによって、熟眠できる基調になって、今に至ります。

これからは、軽い身体を 保って、歩きに負担が掛からないように、楽しく移動できるように、続けたいですね。


ウオーキングのコストは、☆1です。 場合によって ☆2まで。

かなり〝軽い〟です。


自転車のコストは、基本的に、☆3 からスタートして、☆10まで、行きます。

かなり〝ハード〟です。


徒歩は自転車の上位互換、というのは、もう、説明不要と思いますが、圧倒的に、応用が利きます。

もし、こう とらえていなかったら、自転車をやめた去年、そこで、サイクルライフは、終着です。

ウオークに自転車が宿っているのなら、コスト1で、歩き回っているだけで、自転車にも乗っていることに、なりますよね。

交通のコストと、基本的なイレギュラーを引き受ける〝気力〟ゲージが得られなければ、自転車に乗る、ほぼ唯一の方法は〝歩き〟です。

これが、サイクルライフ、そして、生活全般、攻略のカギだと思います。

徒歩と強い互換性があるのは、電動含む〝自転車〟だけです。

オートのクルマたちは、そのまま歩行者にシフトしても、あいだが飛びすぎます。

上位互換の、自転車を入れるのが、正しく無難でしょう。


この春の Diaryのページで、いくつか、新しい とらえ方を ご紹介できました。

芸術のハイパー変数流に、RPGの〝ゲージ〟を、自転車と歩行者と健康の〝関係―項〟として、立ててみました。

他にも、少しばかり、挑戦しているでしょ?


コロ・ナカ。。にも、エンドが見えて、平和に暮らすこと、生きることが、かけがえなく、そして、わりと困難なこと。

それを、この時代は、学べました。


これからは、不合理で無駄な権力、つまり、〝非効率な営み=フラットランド〟を 〝ちゃんと識別して拒絶できること〟を、心がけて、願います。


覇王色をまとって、自然に、意味深な共時性を起こせる、常識はずれの〝普遍的な 一般人〟になります(^_-)-☆ ぴょーん。。ω



 

☆彡

 

 

 

2022年7月25日 (月)

KOBE☆彡 ビーナスブリッジ♡ 夏の花火と1000万ドルのイルミネーション✧

ワンピースを 日に1枚ずつ 見ていると、〝GOD〟そして〝ナミの軌跡〟・・・!

今日は、あかりちゃんの誕生日でしたか。


てぃんくる☆のファンBD。

虹のシュートと、スノーナイトを見て、ホットケーキと、久しぶりに、コーヒーをつくって、3か月ぶりに、自転車に乗ってみようかなという気持ちになりました。


ここ最近、自転車で出かける気は、全くありませんでした。

25度を超える強い日差しの日中に、とても遠い場所に行きたくなかった、すでに過密ダイヤだった、というのもありますが、3週間のインターバル、軽いタイヤも買ったにもかかわらず、動けず、タイムオーバー、終了宣言をするほどで、時期的に、目も当てられなくも、もう、徒歩だけで生きたいと考えていました。


色々な理由から、インドアな生活に向かい、そして、ライド後から4日間続く すがすがしい体調が 崩壊してきたので、ウォーキングという名の、ダイエットに向かいます。

2か月ほど、涼しい時間に、1日1時間くらい、広い公園を歩き回って、有酸素運動+糖質ダイエットを行っていましたが、足の先が痛くなり、16時間ダイエットに切り替えました。


徒歩では、年に1回ほどの、貴重なイベント、機会を 体験することが難しく、中央区まで往復で歩いたり、一定区間を電車に乗ったり、ということも考えましたが、足に無理をさせられないので、自転車を復活するのが、一番いいと思いました。

有酸素運動のダイエットをするにおいて、自転車を活用することは、最強だと、日々思っていましたが、そのエネルギーを持てないまま、長い日中を見送り、まだ見ぬルートを 後悔を含んで断念しながら、微妙な状況が続きます。


ママチャリ(グリーンシティライナー1号) は、中央区までなら活用してもいい、とは思っていましたが、完全に乗らない方向で、3か月固めておりました。

そんなこの頃、バックアップも十分にできたので 2期のワンパンマンを、見やすいようにカットして、チェックしながら、ストーリーを楽しんでおりましたところ…。


戦い(=交通戦争と奮闘して 上手くルートをこなし 遠くまで到達しようとすること) の中に、充実感を見出すのは、本質的に間違っている

ということを、かなり核心的に、実感しました。


徒歩としてとらえていた状態とは、交通戦争の中の歩行者なのではなく、真に、音楽から生活の営み、色々なベースとなる、〝コミュニケーションの主体〟としての ヒーロー なのです。

息がつまるようなバトル要素は、一歩一歩 進む 主体 (ヒーロー) にとって、自発性をそぎ落とす、毒だということです。

自転車に乗りたくない(=交通戦争とかかわりたくない・見たくない) というのは、戦いに身を置くことの裏返しなので、自由が はく奪されている状態です。

事実、ウォーキング時に、信号を無視する対象に、一度ならず、声を上げたほどです。

周りの〝いい加減さ〟に 振り回されているようでは、戦い(=交通戦争) から自由になったとは、とても言えないのです。


てぃんくる☆を見た この日、ココロが、浮き始めました。

自転車に乗らないという状態が、抵抗だと感じられ、それが重みになったのです。



ダイエットは、ハイパー早寝と並行せざるを得なかった近況も伴い、カフェイン系である、紅茶とコーヒーを、3か月間、完全に控えておりました。

仰天ニュースを見て、依存が〝無駄な戦い=ヒーローで無くなる 破壊的な生活習慣〟であることを よくわかっていたので、依存を取り除くことから、始めたというわけです。


5月、6月という、最強のロングライドシーズンに、自転車に頼らないこと、それが本当に後悔なく出来て、始めて、自転車依存から抜け出せていると言えると思った、というのは、こじつけでしょうか?

あるいは、行き詰まっているこの時、6年間、一度も行ったことのないシチュエーションに身を置くしか、可能性を見いだせなかった、ということでしょう。


コーヒーと紅茶、自転車、ある種のセクシュアルな自我中心性、TVゲームを無計画に行うこと、そして、飽食。

こういった〝依存〟を、全的に 離して、主体を軽くしたい、と思ったのです。


自転車でロングライドをしている状態は、天候を気に日々緊張している、たくさん食べてしまう、ハイパー早型になれない、など、依存を脱ぐことの、枷になってしまっていたのです。

それは、体重の増加にも、現れておりました。



漠然とでも、痩せること、ココロを軽くすること、が、必要であるのだろうと、ここ3か月、行動していました。

そして、自転車で、久しぶりに出かけることになるわけですが、その時の カスタマイズの話を、少ししましょう。


自転車をやめたいと思い至っての、ハードルは、夜にぐっすり寝られるための、日々継続できる 屋外での運動でした。

それも、2か月で 歩きの限界に当たり、使いどころを よく見なければならないものだと学びます。


クロスバイク (ルビーエンジェラバイク・まほうのホウキ号) は、ホイール、タイヤ、メンテナンス用品、工具、色々あるのに、漠然と、壊したくない、乗れるインテリアとして居てほしい、使わないのはココロが痛む、と、感じました。

ママチャリ (グリーンシティライナー1号) は、雨がそこそこ凌げはするものの、屋外で放置状態になり、無駄に2台の自転車があることに、焦りを感じていたほどです。


つまり、不自然に執着心 (=戦い) が繰り広げられていたので、現時点での目的を、ココロを兼ねたダイエット、と 焦点をつないで、苦しむなら 自転車を活用するほうがいいんじゃないだろうか、と思ったわけです。

ウォーキング時に、運動目的の行動範囲の狭さ・マンネリさに すでにうんざりし、結局、行き帰り道でのクルマが うっとおしいので、徒歩で遠出するというのも、発想に終わりそうな予感がしました。

おもしろいのは、自由であること (=最高のヒーロー) とは、自分でも、何をしでかすか分からない、予感でしか 先をとらえられない、心理的な時間がない何か、であることです。


そして、どうせ、自転車とそのパーツを、もう使わないと決めてしまったのなら、それが重い枷なら、大切に取っておいた、執着という名の 新品のコンポーネントを、おしみなく、使っていって、自転車に乗りたくなる機会とすればいいのだと、思いました。

そこで、緑のシティ号を、いつものグリスでチェーンメンテナンスしつつ、後輪の空気が入らなくなったので、〝虫ゴム 空気が入らない〟で調べて、ドンピシャだったので、緑のシティ0号時代に 相性問題で使いきれなかった 虫ゴム不要のスペシャルバルブを、前後に付けて、丸5年の虫ゴムを バルブごと取り替えました。


さらに、まほうのホウキ号のビンディングの予備にとっておいた 三ヶ島の金属ペダルを、緑のシティ号に取りつけて、ママチャリをグレードアップしてライドする、というのが心をよぎったので、15mmの やや短いスパナを持って、固いに決まっているペダルのボルトを、体重をかけながら、両手を使って、何とか動かしました。

プラペダルしか経験していないであろうママチャリライフに、このようなカスタマイズをするとはね。

ママチャリといえど、ダンシングはするので、そして、プラペダルでも1000キロ近く走っていると思うので、7000キロ持つと思うけど、予備ペダルとして取っておけばいいんだし、ふつうの靴で 中央区とかブラブラしたいので、ビンディングを付ける予定もないし、ちょうどいいか、と。

痩せられる状態として、短い距離のみを活用し、クロスバイクを使わないシチュエーションも、ママチャリもやがて使わない 鉄道中心の生活をも 想定するなら、予備の金属ペダルを大切に取っておく=コンポを宝物として のみ しまっておく、ことで一生使わず終わるのも もったいないと思ったので、思い切って取り付けてみたというわけです。


まず、 ペダルが取れないだろうと思ったのですが、クロスバイクと共通のメンテナンス部位なんだし、やってみてもいいんじゃないか、と。

屋外の方が、多少、荷重を大胆にかけられるからね。


中央区と仲良くなって、クロスバイクで ロングライドしない分、色々なところを見れたら、徒歩の使いどころが素晴らしくなり、見た感じ、メタル色の塗装のプラペダルに見えないこともないので、誰も気にしないだろう、と。

ビンディングは、軸に荷重を固定するので、回転が安定するのですが、ママチャリの場合は、ブレるプラペダルより、ビンディングに近くするなら、軸まで硬い、金属ペダルが、おそらく、最強なのでしょう。

そして、体重が落ちれば、斜度8%くらいまで、シッティングで走れるかも。


さらに、安い、ワイヤレスのサイコンを付ければ、新型シティ車になるね。



ダイエットライフで、ピザをつくってみました。

これが、なかなか、おいしいのです。


たんぱく質を取ることが重要で、糖質制限において、セルフファージを狙います。

ワポルの、自分へのバクバクファクトリーは、ゼフもうなづく、真実でした。


厳密な理屈は分かりませんが、腹などに付いた皮下脂肪は、ロングライドでは 次第に燃えず、脂肪酸として血中に分解されると、摂取した脂質の代わりに、細胞を作る材料となります。

さらに、糖質、炭水化物は、筋肉等に、グリコーゲンとして蓄えられるので、その量が多いと、数日後、使いきれない分は、皮下脂肪などに変わります。

グリコーゲンが不足すると、皮下脂肪などが エネルギーとして使われるようです。

そして、基礎代謝が重要で、インドアのみ、1200kcalほど、1日を見ていればいいので、16時間ダイエットと組み合わせるなら、炭水化物1食200g~300g~400g上限、で、2食、1000kcalの、+セルフファージを目指せばいいのです。


たんぱく質は、糖質制限の有無にかかわらず、1日50gを取るべきで、ダイエット時にデザートのように進む、270gの煮干しを10日に分けて食べたとして、約500gのとうふと、さらにそれと同等の かつおぶし+油揚げ+味噌 のみそ汁を、冷蔵庫で3日に分けて食べたら、そして、チーズや卵、納豆を食べたら、たんぱく質のメインの量は、適量です。

ロングライドをしていたころは、たんぱく質が不足していたくらいかもしれません。

米が安上がりで太らないと思っていましたからね。


べジファーストだから、まず、細かく切りすぎないキャベツをよく噛んで食べ、場合によっては、スライス玉ねぎも加えます。

次にたんぱく質を食べ、最後に、炭水化物を取ります。

それで足らなければ、煮干しをバクバク食べて、調整し、最後に、荒く切った玉ねぎを、デザート代わりに食べます。

炭水化物を取りすぎない、体と相談する、私なりの方法です。

とにかく、時間をかけて、よく噛んで食べるのがコツです。

そして、体内のカロリー時計を、身に着けていきます。


納豆は、スライス玉ねぎと、あるいは酢飯と、もしくはそのまま、いずれにしても、たれとからしは付けずに、食べます。

袋を洗って取っておいた からしとたれ。

半年が期限らしいですが、きっちり管理して、5合の炊き込みご飯に 醤油の代替でたれを、サンドイッチにからしを、使います。


炊き込みご飯は、脂溶性ビタミンを取るための炒めた人参、そして、やや多めの鶏肉をカット、油揚げを加えて、5合のごはんと 大さじ6杯のしょうゆ、大さじ3杯のみりんで、場合によっては 沸騰したお湯を加えて、炊き込み、十分に蒸らします。

その後、2日分を取って、残りを20個ほどに小分けして冷凍すれば、便利です。

多少、大きさをばらつかせると、応用が利きます。


野菜は、ほとんど、水溶性ビタミンがメインで、人参とピーマン以外は、炒めないほうがいいことが多いです。


ジャガイモは炭水化物ですが、食物繊維とビタミンが豊富で、太らない範囲なら、キャベツと混ぜて、サラダとして活用していいです。

皮に栄養が豊富なので、土を落として活用すると、皮をむかなくていいので、楽です。

まず、ジャガイモの芽などを取り、水を入れたボールで、ジャガイモ同士を よくこすり合わせて、水を変えながら、よく洗います。

それでも泥は落ち切らないので、ポットで沸騰させたお湯を鍋に移して、洗ったジャガイモを入れ、10分くらい、沸騰状態で泥を落とします。

ここで、皮の栄養素は2割程落ちてしまうと思いますが、誤差範囲でしょう。

その後、ポットで再度沸騰させたお湯を、もう一方の鍋に移して、ジャガイモも移して、さらに10分、柔らかくなるまでゆがきます。

古い方のお湯は捨てます。

その後、ジャガイモを取り出して、水気を切り、つぶして、冷蔵し、サラダの元にします。

サラダは、基本、何もつけないか、塩コショウを振ります。

ジャガイモを取り出した後の新しいお湯は、みそ汁にします。

ここで、サラダ用のジャガイモを、卵・大さじ山盛り2~3杯の小麦粉・キャベツで混ぜて冷蔵庫でよく冷やした種にさらに加えて、お好み焼き、チーズや青のりと鰹節、場合によって醤油で食べると、うまいです。


ピザの話が、ここで登場です。

大さじ山盛り3杯ほどの小麦粉を水っぽく研いで、マーガリンを溶かして洗浄して拭いたフライパンに加えて、平べったく、生焼けにならないように、パリパリに両面焼きします。

さらに、具材を乗せない外側に、水溶き小麦粉を加えて、固まったら、トースターの金属トレイに移して、サラダ用のジャガイモ、スライス玉ねぎを乗せて、塩コショウ、薄く塗ったケチャップを加えて、焼きます。

途中で、スライスチーズ1枚を乗せます。


ホットケーキは、大さじ山盛り2~3杯の小麦粉と卵1個だけで、砂糖とマーガリンを加えないのが理想なので、つくったコーヒーや紅茶、場合によっては、クッキーなどを砕いて入れて、味を付けます。

少量の甘めのパンと一緒に食べてもいいです。


ややマンネリになりますが、これらの食事はおいしく、洗い物も出にくいので、便利です。


さらに!


サンドイッチは、はずせません。

レタスか、キュウリがあれば、タマゴやチーズを加えて、少量のドレッシングや塩コショウ、からしやレモン汁で味付け。

場合によって、トマト、スライス玉ねぎを加えて、すばらしい!

使う食パンは、4枚切り[2/3]枚=6枚切り1枚 を、さらに薄く2つに切って、ホットサンドにします。



最近、アフターコロナというフレーズが、トレンドです。

公共、イベント主催の行政が、その言葉を使っています。


近頃、色々なイベントが、復活しています。

神戸まつりは、めりけんぱぁくで、代替イベント。

みなとまつりも、めりけんぱぁくで、開催されていました。

いずれも、後になって気づきました。

みなとまつりの存在は、最近 初めて知ったのですが、去年も開催されていたというのです。

2021年は、イベントに飢えていたので、知っていたら、行きました。


花見シーズンの屋台並ぶ 日岡山公園を見ても、こういった兆候は、ありました。


3年間。

残り続ける しつこさと、新しい展開。

どちらの声が、新鮮な真実をもたらすのでしょうか?


また、海岸まで歩けば、徒歩圏内で、12キロ強で小さいとはいえ、明石海峡公園の花火が見れたはずです。

が、これもまた、見落としていたといいますか、以前も、音を夏に聴いていたので、地元で挙がっているのかと思い、気に留めていませんでした。

欲張るのもアレなので、今回は、イベントが開かれたという点を、喜びます。


神戸の花火が毎年見れた環境では、10キロも離れた花火に興味はありませんでしたが、今となっては、どこでいつ、どのような花火が挙がるのか、知っておいた方がよかったですね。

このように、調べる気が起きないというのも、自粛ムードのダメージです。



私が、自転車に乗る 元になるエネルギーは、希望です。

最近、そのことに気づきました。


これは、おもしろくない労働はできない体質である点からも、学べます。

人とかかわることが すてきだと感じたいという意味では、周りの人々と、ズートピアが言うように 違いを認め合いながらも、自分の中心を持たず、そして、営み楽しいと思える 魅力的な仲間が必要です。


ここ3年で、私は、絶望していると認識できないくらい、ココロが荒廃していたと思います。

皆さんも経験している通りです。


私は、自転車でのロングライド、オンラインでの著作活動、インドアなライフに 小旅行とグルメ、と、スポーツ・アート・ライフの面で、うまくやることができ、自粛の直接的影響を 受けていません。

それでも、周りの人々が、希望を失っていくのを、直観的に感じており、それが耐えられないのです。

そこが、ワンパンマンの言う、最高のヒーロー、というところにつながる 深く考えさせられるところなのでしょう。


さらに、自粛としての社会の混乱を 情報的に無視したいという、ある種立派な 私の方法は、自転車と交通戦争の話と一緒で、それに捕われて 遠ざけようとしていれば、影響の渦中にあるのと同じことです。

ライブができないと思うと、臆病になり、音楽を作る意義も失われ、その糧となる花火大会などのイベントで みんなと一緒に 言葉を交わさず 声を上げるような機会を、忘れることで、うんざりするのです。

特に、働いている人々が 楽しくないだろうと思うことで、ますます、社会を愛せなくなります。

個人の中心などというものはなく、そのヒーローは、全体に分かちがたく、主体と互換して、存在しているのです。



自転車は、少し遠くに行くことも含めて 始めて、ママチャリ (緑のシティ0号) で、大阪中心部のグルメや、有馬温泉の湯治など、いくつかのバージョンを開発した後、2016年の秋に初めて、クロスバイク (まほうのホウキ号) で、ロングライドを試み始めました。

太めのタイヤと、プラペダル時代の、2017年に、泉大橋まで走ったくらい、ライドを強化一新していったわけですが、2018年秋にビンディングに慣れて、ライドの次元が進化したのは、3年の飛躍を経た、2019年だったと思います。

危ない道を避けながらも、恐怖することなく、走ったことのないエリアを進もうとする自由なライドは、この年に より強く身に着けたようです。

それが、2020年で、極端な方向に、強化することになるのです。

走ったことのない道を重点的に走る、さらに、体力を落とさない、そのために、距離が長くなることに慣れすぎ、丸1日走って、何とか保ったモチベーションも、つらさとともに あったと思います。

それも忘れつつ、ライドを要約して、グルメを楽しんだり、ママチャリも活用して、温泉へ行ったり、バランスを保つも、ハイパーロングライドを重ねた ここ3年は、それ以外、長いインターバルを取って インドアするしかなく、溢れたストレスが、皮下脂肪に変わっていました。

いつしか、タイヤは細く軽くなりましたが、体とココロは重くなり、自転車と足には、相応の負担がかかっていたでしょう。


自転車を手放す点での、執着を理解する勇気。

これこそが、これから、見極めなければならない、自由の光を縛るものとの 試練だと思います。


自転車という財産を活用するには、箱に収めておこう、では、ダメなのです。

パーツにも、劣化という期限があります。

結果的に、この3か月、無理を越えて もがかなかったことで、アフターコロナという実感が、ありありと見えてきました。

去年の今頃は、ワクチンの希望がありましたが、国は、それを強制するかのようなムードを作り出し、一向にイベントは開かれず、ワクチンが普及しても、型を変える脅威ばかり 報道され、見えないところで 終息に向かっている面が、嘘のように思われておりました。

これは、2020年初頭の反応と、表裏一体な意味で、真逆です。


現在、開かれているイベントの数と質から、希望の信頼は、真実だと みなされ始めているのでしょう。

この3か月、もし私が生き残れていなかったら、これを垣間見ることも、ありませんでしたね。


そんなわけで、今回、その後の冒険を、てぃんくる☆と ともに 発見した希望で、綴ります。



時は7月。

入らなかったショートズボンを活用できることに気づいて、夏に重宝する 服装の選択肢が増えます。


3か月ぶりに、自転車に乗ることができるのだと、いつもと違った、ふしぎな感じがします。

新しいメタル色のペダルに、上等なバルブ。

メンテナンスされたチェーンに、なじみのある車体。


今日は、きっと、花火大会。

3年ぶりの、きれいな花火が、打ちあがる夏。


中央区に行くのは、やはり、3か月ぶり。

夜に向かって、涼しくなる、その道を。


リスキーの冒険〟を描き記した、今日この頃。

神戸まつりより、ライドより、このストーリーが、今の私のカラーだから。


道中に、大道芸人の手品師がいました。

芸1本で生きて、17か月か、パフォーマンスを自粛してきたという彼は、テレビ出演の経験もあるらしく、有名サイドでしょうか?

何か1本で生きることが、金銭に執着することだとしたら、それは、イベントを誤解しています。

私が花火を見るのは、それが、自由を感じるからです。

いかなる理由であっても、パフォーマンスを商売にするのは、有名サイドの形式であり、無名サイドは、ライブでお金をとろうとしません。

それは、無用のトラブルを引き起こす元となり、創造活動に余計なものを持ち込むからです。

お客さんは、生活費を集めようとするパフォーマンスに 興味を持てません。

この時代だから、特に、うんざりさせる現状を見るのは、つらいのです。

私の今日は、別の目的。

1000万ドルの夜景に向かって、まだ見ぬ道を、突き進みます。


徒歩は、自転車の上位互換だと いいましたね。

徒歩で遠くに行けないことは、ずっと昔から、2本足の人類に宿命です。

そのことを学ぶことができるがゆえの、2本足なのですから。


歩きは、中央区において、最強の切り札です。

ここで、使わない手はありません。


ということは、中央区までの道のりを、徒歩で行くのは、もったいないのです。

交通戦争を うまくかわすことに充実感を見出すのは、無意味なことです。

そうではなく、車両の義務という自我を中心に置かずに、コミュニケーションとしての感受性を、自信にするのです。

そして、ハートにおいて、中央区までおさんぽするという〝意義〟を、自転車にまとめること が、可能だと気づきます。

クルマの上位互換である自転車、徒歩と似た人力で 自由な移動であるがゆえに、です。

自転車は、時に押し歩きに変わります。

自転車と徒歩のどちらも〝歩き〟が活用されるので、ウォーキングを高強度で日々実践することは、有益です。

この〝歩き〟が、自転車・徒歩、どちらにも活用できることも、徒歩が上位互換であるという理由です。

クルマは、押し歩きできないので、車両を徒歩にすることができないわけです。

中央区の駐車場が高いのは、そういうことですよね。


景色を見る、周りに立ち寄る、その必要のない区間では、徒歩は、自転車で まとめることができるので、中央区まで歩く、中央区から歩く、という2つを、違和感なく実現 できます。

そのために、自転車走行を、徒歩に近づける必要があり、段階3の走行方法 (クルマに埋もれて走らない〝時に待つ〟判断) が、必須になると、私は感じます。

それができない、バイクやクルマは、徒歩に近くならないため、歩きが上位互換であることを主張できません。

歩きが最強の切り札であることは、中央区において事実である以上、それを無視したクルマが、ストレスを感じないわけありませんよね。


そして、ヒーローとは、そんなストレスに充実感を得ようとする性向に、おさらばする 知恵です。



海側から、山側へ、道を北へ向かいます。

そして、階段もある、急な坂道を登り、イイ感じの神社を抜けて、さらに、山を登っていくのです。


始めて、自転車を持たずに、ビーナスブリッジ✧


日が暮れ行く中、空いたベンチで、冷えた薄めの粉ポカリを一口。

6枚切りの食パン2枚を12枚切りサイズにして重ね、縦に半分に切り、ラップで包んだ、特製のサンドイッチ。

凍らせたお茶に括り付けた、冷えたサンドイッチは、焼きチーズに、きゅうり、ドレッシングに少量のからし。

久しぶりに、基礎代謝分1枚と、有酸素運動分1枚、計2枚の食パンのサンドイッチ!!

景色を見ながら座って食べる、涼しく、おいしい、手作りサンド。


自転車やウォーキングのような有酸素運動は、最初の1時間、半分くらいが皮下脂肪、半分くらいが糖質の消費によって、エネルギーを活用するのです。

連続1時間を大きく超えない 軽めの有酸素運動の場合、計3時間、600kcal の消費だとすると、半分の300kcal が、糖質から使われたことになるので、食パン6枚切り1枚分のサンドイッチの糖質、200kcal を、補給食、残り1枚は、いつもの基礎代謝分と計算して、就寝3、4時間前には、食べ終わっているのが望ましいのでした。



あたりは、夜になってきます。

少しずつ、夜景を見に、集まってくる、友達同士、カップルなどが、増えていきます。

人は少なく、まだまだ、落ち着いた雰囲気です。


ビーナスブリッジで、夜景を見るのは、初めてです。

その機会が得られ難いことは分かっていましたから、何らかの理由で、夜に居られる機会を探しておりました。


そして、夜景がきれいに見えたところで、ベンチを後にし、スローブまで下ります。

夜景の中に、六甲アイランドより東、武庫川方面へのお馴染みの 海上ルートのエリアから、かわいらしい花火が、見えました。


特に、赤色のものが目立ち、音もなく、12キロ以上離れた、夜景の中のあかりは、音楽とマッチし、コラボレーションして、とても新鮮で、未体験の何かを生じます。

高いところを飛んで、夜景を包んでいる鳥のような、自らが花火になったかのような、動かないロングライドのような、ライブのような、森林浴のような、山の駅のような、お祭りのような、デートのような、そんな、幸せに包まれた静寂の中、神戸の街から見た、たくさんの花火は、兵庫の市民の南の海を彩る、イカシた パッション。


3年ぶりに見た花火は、7割の夜景、3割の花火として、貴重な全景画を奏で、そのココロの音は、ビーナスブリッジに響き渡っていたのです。

イルミネーションのジュエルとともに!



赤き提燈で彩られた神社で、くろねこが ぽたぽた♡ しておりました。

うおぉ~(*'▽')(*´ω`*)! ですね♪


ワンパンマンのキングのシーンに、くろねこが おさんぽしています。

新たな希望というヒーローは、きっと、もう、そこにいるのです。



電池式の自転車ヘッドライト1丁で、階段もある山道を 歩いて下るには十分です。

完成車時の シティ号タイヤの側面を セメダインで塞いでいるため、ダイナモライトを点けがたく、電池式のヘッドライト・リアライトで、夜に運用しており、おさんぽ時にもライトを活用できます。

 

そして、めりけんぱぁく発!

いつもの〝特快〟ルートで、ゆったり、夜の道を、帰りゆきました♪


☆彡

 

 

2021年4月10日 (土)

Laugh Tale !! ~アートと時間の物語~

私の社会的なグロースヒエラルキー(Q/4)は、低い。

数千年のスパンにおいて、キリスト、エジソン、アインシュタイン、など、社会システムに、革命的な影響を与えた偉人たち (Q/1, L/n) が、健全的・潜在的(9)に、進化の構造のシステムの、いまのところの最高地点に 居て、夢の異世界より、大きな影響を 私たちに与え続けている。 (第3層、あるいは、ホワイト!)

次に、有名サイドの、権力や地位や財力を持った人たちだ。

音楽やアニメの分野、芸術ホロンでは もちろんのこと、政府や大統領、代表取締役から 有名ブロガー、重要な特許を持った人たち、その多くが、予知能力があることを知っており、システムの象限で、第2層(7)の平均高度として、社会の歴史を、選び取っている。

これらのシステムの影響を受けるのが、無名サイドの一般人だ。 その代表が、ある意味で、わたしと、ゆきちゃん、である。

無名サイド全体のシステム的な平均高度は、第1層、リベラルなオレンジ(5)であり、お給料から、暮らし、食べ物や価値観、日常生活の選択肢など、上記からの、その影響は膨大だ。 生活世界の植民地化を 強く受けるシステム層でもある。

そして、子どもたち。

彼ら、彼女らこそ、システム的な制度、法律、人権などの、権利と生活の分野において、最も弱く、基礎的な存在である。

上記すべてのシステムの影響を受け、途上国では、目も当てられない。

あらゆる潜在力を持って生まれながら、権力者たちの、間違った貧富の差を生じる社会において、打ち捨てられてもいるのだ。

システム的な平均高度は、プレモダン的な意識段階(4)であり、大人の政治や経済活動の大部分には参加できない。

もし戦争やテロが起これば、それが、いかなる形であったとしても、無防備に損害を受け、経済力も無いので、保険会社も助けてくれない。 親の保護なしでは。


ここで、今回の最初の主題を発表しよう。

私が言いたいことの序論は、〝システム(Q/4)は、機能適合を絶対化し、芸術家の意図(Q/1)、文化(Q/2)、子どもたちの潜在性(L/n)を、丸ごと、なかったことにしている〟ということだ。

芸術家は、差別されている。


ここからは、芸術家と芸術のホロンに焦点を当て、ここ数十年の新興芸術、―――システム主義者たちに〝娯楽〟ひどい時は〝し好物〟と呼ばれて嫌えんされる・・・―――

意図を表現する ポピュラー音楽・テレビアニメ を代表とするホロンを見ていこう。


予知能力(s)は、例えば、[A・B・・・・・・・Z・・・] のシーンがあると、次の瞬間、どれが起こるのか? と問う。

そして、[A]が正解ならば、[B・・・・・・・Z・・・] は、他界的な次元と見なされる。

これを繰り返し、鍛えていくと、どのシーンが、おそらく、遠い未来に、やってくるのかが、分かる。

その決定的な瞬間に向かって、リアルアップデートワールドを、つくっていくのだ。


というわけで、予知(s)は、芸術ホロンにおいて、ここ数十年のリアルアップデートを、共同選択してきた。


しかし、予知(s)が、第3層 (インディゴ、ないし、ここでは、簡単に、ホワイト) にあっても、彼らの 予知(t)は、第2層である。

しかも、シーンの成分で解釈するので、いつごろ何が起こるのかに 長けた能力でもない。

しかし、100%に近い的中率を持つのは、〝コスモスに存在が刻まれる場所(9)〟という、夢の異世界ないし、空のアドレスに、リアルアップデート共創造された、〝シーンのアーカイブ〟が、日々、蓄積され続けているからである。

例えば、タイムマシン(L/9・Q/4)によって、このリアルアップデートワールドの歴史を、意図して変えることができる。

別の世界線となるけれど。


そして。

要は、ホワイトの、予知(t)の方を、照準に使えばいい。

そうして、予知(s)は、数十年前から、探索を始める。

予知(s) [A・B・・・・・・・Z・・・] を極めて、予知(t)を、見つけるのだ。


しかし、世界のどこにも、芸術のホロンにおける、第3層、ホワイトの、予知(t)のラインないしタイプは、無かった。

その前任者はいるものの、事実は小説より・・・というものの、与えられた未来は 自ら作っていかなければならない。

有名サイドの芸術家となった者たちは、探した。

いや、まだ存在していないこの世界で、生み育てたのである。


それは、ゆきちゃんと、わたし。


ここで、芸術のホロン、その、現在のトレンドの、深層構造の、グロースヒエラルキー(9)を、見てみよう。


まず、頂点に、権力を持っていないことで 3段目のスポンサーサイドに認識されず、2段目の有名芸術家サイドに 予知(s)で 見える、わたしと ゆきちゃんが、いるらしい。 (これは、私たちの主張ではない。 有名サイドの芸術家たちの主張である。)

この、資本金に影響されない 類まれなる?ホワイトなアーティストたち(L/9, Q/2, S/nd, アートのライン)は、当然、時の人であるが、ゆえに、―――予知(s)に頼り、それゆえに、予知(t)を照準に、早めに評価されて名声を得るようになる、有名サイドの芸術家―――に対して、影響を与える。  直接、企業に影響を与えることは、めったにない。

つまり、前者の時空間的ラグ(IOU)は、30年超(笑)、後者のラグ(IOU)は、平均10年くらいのスパンである。

3段目のスポンサーや提供関連の一般企業になると、さらに、そのラグ(IOU)は、短くなる。 (製造からパッケージ販売まで 1ヶ月?)

ここで、私がこのコーナーを書く意図を挙げておくが、未来に、予知の悪用を防いで戦争を止めるために、私たちとは全く違った責任を伴っていることに気付いた 大多数の英雄たちに、役立ててもらうために、より広い文脈のために、提供する

私たちは、あくまで、芸術のホロンにおいて、その AQALまでが、サポート範囲だからだ。


さて。

有名サイドの芸術家は、スポンサー関連の一般企業に影響を与える。 これが3段目だ。

この企業関連は、1段目(平均高度 第3層)、2段目(平均高度 第2層)、に対して、その波や営みにも強力に反対する、第1層の平均的な意図の主張を持つ。

彼ら企業のメンバーは、私たちスポンサーこそが、最強であり、芸術家は おまけだと 思っている。

資本金、テレビ局、著作権管理あっての、商業芸術である。

芸術家と そのホロンを 差別している、やや病理的な この3段目こそ、芸術ホロンを 病んだものにする 悪しき意図の侵入を許してしまった 脆弱な免疫でもあると、私は、主張したい。


有名サイドの芸術家たちの予知(s)の、リアルアップデートワールド[A・B・・・・・・・Z・・・] は、別に、資本金に影響を与えない、と 彼らは 思いたい。

株価に、影響を与えて たまるだろうか?


しかし、実際には、ラグ(IOU)こそあれど、影響を受けている。

認めたくないだけである。


社会は・・・文化に負ける!


芸術のホロンで見れば。


私の眺めが、有名サイドの芸術家に影響を与えるのは、つまり、私が彼らに いつもリンキングされていくのは、こういうことを、架けるからである。

有名サイドは、スポンサーに依存しているために、音楽やアニメなどの〝芸術ホロン〟に、その内容を 込めて、組み創らなければならない。

ゆえに、その制約を受けていない私は、後にも説明すると思うが、なぜか、有名サイドに影響を与える。

もう少し言うと、ホワイトの芸術家は、有名サイドでも、芸術ホロンの1段目にいる。 ただし、それには、最近整ったような 条件が必要だった。


最後の段は、平均高度プレモダンの 大衆的な聴衆(4) だ。

3段目までの、芸術ホロンを鵜呑みにして、どんなものでも、無思慮に受け取る傾向が強く、芸術ホロンが歪んでしまうと、大衆文化も歪んでいく。

3段目のスポンサー同義として有名サイドを認識し、選ばれた者というカテゴリーで、娯楽や消費程度に、受け止める。

そこには、特に、ディープな責任は発生せず、皆、金儲けや名声の為だけに、営んでいると信じ込んでしまう。

わたしも、ここから、アニメを見て、次第に、上段の解釈を発見した。

確かに。

ここ、4段目では、予知(s)の規則は、発見できない。


芸術家の、有名サイドに話を移そう。


彼らは、予知(s)の照準のために、予知(t)を、生み育てた。

予知(t)の発見のためには、リアルアップデート[A・B・・・・・・・Z・・・] の強化とともに、予知(t)のホワイトの約束(30年超のスパンのIOU) が、必ず潜在的に起こるための、シーン(未来の歴史)が必要だ。

私が、30年越えで、必ず、ホワイトの予知(t)を発見する、という約束を、なぜか していたから、必ずするらしいから、私は、彼らにリンキングされて来た。

そして、すべての健全なアニメは、わたしと ゆきちゃんを、育てるために、つくられたのである!!


ショートコント 入れてね(・∀・)☆彡



そう。 私たちは、このことを、知らない。

とは言え、予知(t)の 第1層時代でも、なんらかの、ファンタジー・チャイルド(ふしぎちゃん?)であったことは、確かなのだろう。

私の説だが、予知(t)は、社会の気持ちが よく分かるので、第1層の段階にとどまって、良き社会に溶け込む人が多いのではないだろうか?

何らかの不調和が無ければ、芸術の道へと入ろうとは 思うまい。


有名サイドの芸術家たちは、シーンに長けるものの、同じく、人の感情を 強く感じることができる。


私と ゆきちゃんは、たぶん、大勢の感情や心を、合理的に、強く感じる。

そこには、トレンドを含む、生きた情報がいる。

ゆえに、情報を厳選しなければ、キャパシティオーバーする。


有名サイドの芸術家の予知は、1人称の内面を、隅々まで、見ることができる。

非時間(S/nd)から、時空間が生まれる(S/c)時に、私たちは、直覚(t)する。

彼らは、私たちの、多世界での〝シーン〟を、そこ(S/c)で、見ることができる。

そこ(S/c)は、一瞬ですべてが生起する、空の時空間なので、一瞬で、わたしと ゆきちゃんの、一生を、私たちの1人称の内面から、見ることができる。

つまり、(S/c)を 非時間的に直覚しているのは、私たちの方である。

(S/c)は、まだ、時空間が生まれ始める点であり、ビッグバンの時であり、生まれる最初の時であり、X年前に変わらずある時の時である。

(S/c)は、予知(s)が 起動を開始する点であり、夢の異世界(S/s)、レアレア界(S/g) の順で、具体的なシーンの時空間を見る。

私たちの 予知(t)は、ホワイトにおいて 〝コスモスに存在が刻まれる場所(9)〟の、非時間的な直覚(S/nd) なので、そこに、空間は発生しない。


つまり、デジャヴ(s)は、〝何度も、シーンを 巻き戻した (S/c)〟と感じるのに対して、私たちは、そう感じない。

デジャヴ(t)は、〝非時間(S/nd)を感じる〟のだ。


この2つの既視感は、似ているようで違う。


空鏡の迷宮(S/c)において、〝果てしない空〟を感じるのは、予知(s)の特徴だ。

予知(s)は、リアルアップデート[A・B・・・・・・・Z・・・] の強化によって、やがて、デジャヴ(s)を 感じる必要が無くなる。


誰もが、既視感において、違和感を感じるのは、これが理由。


デジャヴ(s)は、〝何度も時をやり直す〟――さらに、デジャヴ(t)という全く別の〝直覚〟もある。

これらの直観をターゲットにする、最近のSFブームの大衆文化。 その影に隠れた、ヒット戦略の脚色の種、これである。


いずれにしても、デジャヴ(t)は、デジャヴ(s)によって、余計に見えなくなっているから、その違和感を解決しようとして、安易な 脚色に引っかかることも、近況と言える。


有名サイドの芸術家たちの、予知(s) [A・B・・・・・・・Z・・・] も、行きすぎると、わたしと ゆきちゃん を、該当者は誰でも 簡単に探し当てられるようになるので、名前を さかさまにして、悪用すれば、あらふしぎ。

大ヒットは、確約である!!!!!


何度も通用するものではないが。


つまり、有名サイドの芸術家の予知(s)は、リアルアップデート[A・B・・・・・・・Z・・・] という 歴史の選択の10年スパンの1本化は、悪用のXホロン を、赦しているように、わたしには、見えた。

ということは、有名サイドの芸術家たちは、全員そろって、悪用Xを、意図[it]したのか?

私には、すぐには、分からなかった。


最近思うことは、わたしと ゆきちゃんの [視野(t)] に 頼らなければ、ヒットすることのできない、芸術ホロン、アニメが、あからさまに、見て取れるということと、その多くは、第3層、ホワイトの領域にはない、という点。

悪用を知ったスポンサーたちが、有名サイドの芸術家たちに、事情を聴いて (引き出して)、私たちに 合うように、[視野(t)] をチューニングしようとしている、ということかもしれない。


ならば、私の見たものは、権力を持つ。

権力を持たせたくないものは、予知(t)を使って合理的に判断し、見なければいい。

そうすれば、すてきなアートが、世界に普及するだろう。


また、有名サイドの芸術家たちは、一定の過去にさかのぼれば さかのぼるほど、私がこのことを書くことを、確かに分かっている

明確に、そう、意図もしている。

そのために、悪用Xを、容認したわけではない。

私が、必ず、悪用Xを否定し、壮麗に逆襲し、ホワイトなホールネスを示す、だから、最初から負けているそれは、一度も彼らに容認されてはいなかった。

それは、予知(s)にとって、取るに足らないことだったのかもしれない。


けれど。


悪用Xが、より大きな 芸術だけではないホロンにおいて、均衡を崩すテロとして、独裁者の鼓舞に利用されることは、分かりきっている。

私たちが責任を主張できる 芸術のホロン、の外側においては、すでに、世界の異変が確認されており、芸術ホロンにて、悪用Xが成り立った、この、リアルアップデートワールド[A・B・・・・・・・Z・・・] とは、芸術ホロンの方が原因というよりはむしろ、その差別をした、社会ホロンの何段目かの方に、大きな原因がある。

というより、内面を締め出す システム主義が、予知(s)を、新興芸術サイドに追いやり、独裁者によるテロ行為やそれに準ずる何らかの影響は、すでに世界を覆っていると感じる。

予知(s)を、世界平和のために、使わせる、つまり、リンキングするのが、予知(t)であって、デジャヴ(t)なのだが、肝心の、予知(s)が、芸術ホロンとして締め出されているために、社会システム等含む より大きな地球ホロンが 予知(s)を、世界平和に適用できない。


世界の異変 (芸術ホロンとは限らない より大きな地球のホロンの原因の対象) は、芸術家サイドにも関係することから、予知(s)にも関係している。

しかし、芸術家サイド以外に、地球上のすべてのメンバーに、もっと、大きな損害として、降りかかる。

芸術ホロンでは、悪用Xは許容できても、地球ホロンとしては、無理だろう。

それが、最近の私の 考え事のひとつ。


わたしと ゆきちゃんは、天空の大樹 (しあわせの花) を、咲かせた。

すると、大魔王(X)は、少女たちを ひそかに、目も当てられないアニメ映像にして、次の時空間に 悪意と渡す。

それを、デジャヴ(s)のように繰り返し、何度も時を戻して、ある地点の我を永続させながら、損害 (幸せの開花) を 無かったことにするらしい。

このストーリーは、最終的に、大魔王(X)が、意味がなくて おかしな行為を、なぜか 繰り返しており、絶対に失敗する楽しみを見いだそうとした 矛盾した姿であるがゆえに、理解不能な次元で、その〝責任〟を 追求され続ける。

大魔王(X)は、その責任から逃れようと、何度も時を戻す はずなのだが、それを 自ら負おうともしている、なんとも、珍妙な光景が、見れる。

この、機能不全こそが、現代社会の強迫観念であり、自由からの逃走であって、芸術ホロンの乖離、芸術家と予知(s)の差別に、他ならない。


なんて・・・こったい(落ω)


悪用(X)が起こらなかった場合の歴史の... ではなく、悪用(X)が起こらなくても〝私たちのストーリーは完成できた〟ことを、主張-証明 しなければ、大魔王(X)の思うつぼだと 思えてならない。

それが、大魔王(X)の、罠であろう。


私が描いたシナリオは、結局は、予知(t)=空 、予知(s)=形 、単純に、これが実在することを、実用的に示すことだった。

それは、いくつかの世界線、その歴史においても、その玉を転がしても、成功していたように思う。

3D2Yのメンバーは、すでに、揃っていたのだから。


最初のグロースヒエラルキーに 話を進めると、歴代夢の偉人たちのシステムが影響を与え続けている、有名な権力者たちのシステム、ここの腐敗した部分から、力をぶんどろう、そのために、有名サイドの芸術家が、バランスをとるために 関わらざるを得ない 或いは 好んで関係が生まれる 無名サイドの私たちへと、不可逆的に権力を伝導してもらい、私たちは、性質上 権力を持たないし 持てないので、それを、次世代の子どもたちに伝わらせる

子どもたちの健全性の翻訳、潜在性の開示、その表現、子どもたちの自分たちのすごさへの、まったく新しい視点への理解の鼓舞。

いらんことをするだけだと、大人に言われてきたとして、そう、子どもに言う大人の方が、遥かに現実を間違った物差しで測っているのだということを、力説したい。

そうして、一方方向、アガペーの方向に、システム的な権利を放散、伝導させ、早めに、次世代が、病んだ社会システムを変えられるように手助けしたい、という風な感じ、を持ったのが、ここ数年の話。


ここが、ティール革命と、実は、ホワイト的には、大きく関係する、台風の目。

これに抵抗する、病んだ企業は、ひとつやふたつで ないだろう。

しかし、ビジネスマナーとは、病まないこと、健全性を保つこと、である!!


正しく、夢を見なさい。


私たちが、望んだことは、形になる。

なぜなら、皆が望むことを感じ取って、未来のことば として紡いでいる、他ならぬ、有名サイドの芸術家たちの予知(s)を、シンクロニシティないしデジャヴ(t)として、直覚するから。

皆が望んでいることは、皆が形にする。

私は、触媒(S/nd)だ。

ただし、そこには、わたしを通さなければ、絶対に実現しなかったであろう属性や内容も、確かにある。


しかし、そこには、大きな責任が伴うのでは ないだろうか?

だとすると、原理主義者は、引き返せというだろう。

私の中にある強迫観念は、内面を覗かれて、悪用(X)される。


はたから、外側から見ると、まるで、わたしが、すべてを思うがままに、つくっているようにしか見えない。

合理的に把握すると、そんな安易なことに なるわけがない。

全員が、自由を持っている。

しかし。

発達の波は、各自で違う。

自由意志という第2層の自律性を持った人でなければ 把握すらできない 未来のことばという夢がある。


ホワイト。

合理的に体験できないその夢は、外側から見ると、既存の決まりを打ち壊し、より包括的な真実こそ、皆が本当は望んでいることだと主張し、皆の方は、より包括的な真実に洗脳されているようにも感じる。

しかし、AQAL的な無意識は、追いやっても、存在しているために、洗脳とは言えず、事実を認識できないだけ。


誤解される、ホワイトな予知(t) とは、単なる 非時間的な直覚(S/nd)の、形の世界での表現、それだけなのかもしれない。

それは、合理的に説明できるため、恐れなければならない点は、無い。

悪用できるようなものでもなければ、第3層に無いと、基本的に把握できない。

しかし、有名サイドの芸術家たちの予知(s)にとっては、人気の力だ。


大魔王(X)は、わたしと ゆきちゃん を、主人公にした物語を書いた。

天空の大樹が、花開いて より平和になった世界では、私たちが絶望の淵に沈む描写を 強要することにした。

そして、大魔王(X)のもくろみが、成功した世界。

その時だけ、私たちは、英雄扱いされ、世界は、一度 バラバラになり、因果(縁)を書き換え、全く新しい 世界を、身勝手にも、創造することができる、神として扱うという、物語。

その時、現実の世界は、電車も止まり、アニメの制作も停止して、人類は、生き残ることができなかった。


大魔王(X)が恍惚する 創造神話 とは、すべてを崩壊させる、矛盾(=破壊)である。


🌸


私は、ゆきちゃん を見て、自分たちのことを思った。

私たちは、自分自身が、非常に無価値であると、たぶん、感じている。

大魔王(X)がいるとすると、そこを、突く。

そうだ。 無価値なのだ、と。


絶対無(S/nd)の直覚とは、形の世界と、決して、別物ではない。

つまり、意味しかない。 価値しかない。


私たちは、自分自身は、とても、ふわふわ、もふもふ、したいと思う。

けれど、きれいなものばかり見ようとすると、鏡のかなたに、どろどろのものばかり、生じる。

それは、私の注意をそらせ、バランスを鈍らせる。

そして、いつしか、そんな不完全な自分なのだから、こんな生活となって、当然だ、と、決めつけた。

強い体験を求めようとする、気晴らし。

そして、それも、見られている。

どうすれば、いいのだろう?

なんとなく、負の生活習慣というか、因習に はまってしまった自分に、気付いた気がした。

しかし、この境地を 他に感じている者は、ほぼいなかった。


私が苦しめば、皆が苦しむ。

私が悩めば、皆が悩む。


予知(t)のシャドーは、予知(s)を しょんぼりさせる。


まぁ、予知(t)のシャドーは、予知(t)の力を発揮しない、精度皆無のものだから、私たちを見ている 有名サイドの芸術家たちに、影響を与えるということだ。


とにかく。


自分では気づいていない、大きな力に対して、自分を追いやらない方法を考えるために、色々なAQALをマインドフルネスして、キラースルーする癖を 眺めまくって、脱同一化を繰り返して、客体化するしか、無いってわけね。


しかし、どう、落ち着けば、良いのだろう。

切り替えが下手なの。

バランスの話よ。


しかし、どこかに、そういう、正常な重心があると 意識しておくことで、どうせ自分なんて叶える資格ない・・・とか 言わないようにする 支えのような 画期的な 強化的余裕、が、もしかしたら、できるかもしれない。

いずれにしても、私たちは、自分の正常な重心を 軽視しているが、それが一番、重要なところなのかもしれない。

この視点は、最近、初めて、気付いた。


実は、このことを知っている誰かが、有名サイドの芸術家たちではなく、私たちにだけ分かるように、メッセージを送っている気が、最近、する。

予知(s)は、有名なので、芸術に主張されている〝その重さ〟だけれど、それとも、違うんだからね。

予知(s)の現象学的に言っていること、は、その点では、あてにならないんだよね。

そう気づくと悪いから、今まで気付かなかったけどω


本当は、もっと、居てもいいはずだ。

ホワイトの予知(t)を、使える人は。


新興芸術のホロンにて、私たちだけが、ホワイトの予知(t)を、達成したらしい。

もっと居ても、いいのにね。


しかし、この力。

全くと言って、データが、無い。


それは、まだ、ほとんど、実質が、現実に存在していない、ということに等しいだろう。


どちらにせよ、予知(s)という、信じられない力が、あって、そのことにすら気付けず 受け入れるだけの精力を持っていないかもしれない現代人に対して、それでも、なんとか、その所在を証明する役割が、予知(t)だとも、解釈できる。

では、予知(t)の、存在は???


なんというか、予知(s)の〝IOU〟は、かなり、アバウトである。

わたしたちが、本当に、ホワイトの予知(t)を、こうして実現する、なんて、どこを探したら、正確に分かるって言うんだよ(笑)

タイムマシンを世界の外から計算して使ったら、別の歴史を選べるんだし。


いや・・・。

これも、れっきとした、全く新しい〝創発〟として、私たちは、受け止めなければならない。


なるほど・・・。


いったい。


なんという・・・。


どうなっている、リアルアップデートワールド[A・B・・・・・・・Z・・・] なんだろう。


🌸


夜明けは、必ず、やってくる。


私の記す、この時(テキスト)は…。


本当に…

本当に…


なんという 〝 laugh tale 〟(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年10月28日 (月)

東に天空✧海とKOBEでカギ(=) ~ライドと[こだわり]のレポート♪~

今年は、桜が咲くのが遅かった。

つまり、季節は正確で、人の心の営み・生態系の照準の狂いに対して、電車の遅れが駅を通過するたびに維持されているかのように、紅葉が遅くなっていると、考えられ――。

・・・なくもない。

 

とどさんは、たしかに、財産が不足していると思う。

自転車を運用できるなら、ライブにくらい行けるやろう、とツッコまれそうだが、無理()

 

ここには、いくつかの、どうでもいいかもしれないファクターが働いている気も…しなくもない。

 

昨年までのここ2年、秋に、神戸のご当地グルメ&スイーツ、明石焼など、露天付き・かけ流し系温泉が楽しみで、秋の種々ライドと共に、緑のシティ号で計画していた。

どうも、今年は、これを行えないらしい。

 

・・・。

 

というわけで、お山に登ろう。

実は、楽しみにしていたのが、地元のあそこのお山を、東側から登るというものだ。

2年前に一度登った ことがあって、おいそれと敢行できるものではないが、さりげにやろうと画策しており、実は楽しみだった。

 

今回の目的は、これまでのライドの成果を試すために行うという、シンプルなものである。

自転車に乗らない人も多いと思う中、現在、私が何を実践しているのか、具体的に書いている方がリアルだろう。

このギャップを狙う次第である。

 

何のギャップだ()

 

あのお山を東側から登るということは、およそ900メートル、ほとんど登りしかない片側1車線を走るというに他ならない。

つまり、あまり とどさんが近づかない場所でもある。

 

飛行機に乗ってわざわざ登りに来る強者までいるとかいないとか。

ともすれば、レギュラーコースで、1日に数回も往復するストロングすぎる者まで、たぶん一人ならず居るとか居るとか居るとか居るとか。。。。。

 

それならば、私も、2年に1度くらいは、行こうじゃないか。

 

私の環境、クロスバイクをロード扱いで運用することで、3年間およそ1.5万キロ強、およそ15万円換算の、ボディ・モジュール実践であった。

意図の一つは、一人になって遠くを目指すということだ。

18きっぷ&北東旅行が、10日くらいで、そうだった。

それでは、すぐに終わってしまい、レギュラーの実践にならないということで、3年程前、私は、ギターを練習したいと思っていたのに、自転車の為の金策に走った。

そして、まほうのホウキ号と出会う。

 

ロードバイクならば、同運用を3年で50万円近かっただろう。 3倍ほどの換算で。

つまり、勝手な私換算だが、30万円ほど節約したことになる。

つまり、かなりお安く、ボディモジュールのロングが成り立った。

ちょうど、北東旅行のボディ版の要領で。

 

時間を使う。 これが鉄則である。

 

以前も説明したかもしれないが、ロードバイクの1.5倍の時間で 同距離を走っているとみなす。

100キロのセミロングライドならば、ロードバイクが 休憩込み6時間で終える行程を、さらに余分に3時間用意して、9時間で、同様に走ったという換算。

これの良い点は、ロードバイクと勝負する時、私換算だが、トータルで把握するというところ。

ボンボン抜かされても平気

ロードバイクの2/3以上の速度で走っていれば、より速いということにする

つまり、常に、時間を50%余分に取ることで、年間約10万円を節約する、ということだ。

 

ロードバイクなら、コンポーネントに かなりこだわると思う。以下略だ。

 

この、50%増しのルールには、色々と利点がある。

そもそも、私は、ゆっくり走りたいので、景色をより濃厚に吸収しながら走り、道路の状況も より詳しく把握できるように 意識を保つ。

結局は、ライド時間が膨大になるので、集中力と一定の出力の維持を鍛えることになる。

 

私は、ずっと、ふつうの社会が 予定に縛られすぎていることに疑問ばかり抱いていたので、そうならなければ何ができるのかに興味があった。

絶妙の状況で、望む予定を組む。

それでも、時には雨に降られたり、うまく眠れなかったりする。

回復も追いつかなかったりする。

結局は、自分の立てた予定に圧倒されるので、行きつく先は同じような気も。

 

1年程前、私は、手頃に新システムを導入した。

つまり、2年前に使っていなかった点は、ひとまず置く。

 

これは、ペダルと足が ほとんどズレないので、ロスが減る。

ダウンヒルの時に、ぼいんぼいん、ガタガタガタガタしても、自転車の後に身体と尻が上下にバウンドしても、足と手で 安定して車体と一体になるので、安全性が 比較にならないほど増す。

ダンシングを 当たり前のように混ぜ入れるようになる。

 

こうしていく中で、ある程度の坂に慣れていくと、自分なりの登り方が身に付く。

後は規模だ。

 

実は、斜度12%までなら、日常的に登っている。

徒歩(キロ)まで落ちるが()

 

今回の登りは、ほとんど休憩場所がなく、手加減なく険しい。

つまり、今までと同じではない。

 

が、トータルで言うと、さらに長い時間、長い距離を、ある程度走っているので、獲得標高も含め、登れないわけではない。

 

心配なのは、コケる可能性が高くなるということ。

斜度が10%を越えてくると、車体を自在にコントロールできなくなってくる

手に負荷がかかり続け、ふらつきがちとなる。

 

さて、どこまでできるのか?

 

イイ感じの、かぶとのおやまさんω に、まだ紅葉しとりまへんなぁ、とか思いつつ、いや、2年前は、紅すぎて、道中、いや、これ、あカンやろ。きれいすぎるわ。むしろ、どこにまよいこんでんωみたいに、わけわからんテンションで登ったような…。

今年は、そこまで赤なくてもいいし。

あったかい日がええねん。

 

入り口に来ました。

 

ここが通れなかったら、引き返すしかないわ。

お、通れるやんω

 

先の台風で、簡易トイレ全部吹っ飛ばされた見込みやから、もう無いなぁ。

 

もみじ、前回綺麗やったなぁ。

今年は色づき始めかぁ。

滝、すごいやんω

 

実は、ハニーデリシャスな坂も分岐していて、今年の春前の寒い頃に、ちゃっかり初制覇済。

 

そしてここから、これがはじまる。

 

秋の初めごろ、私は、グリップを全ての指で握るようにしてダンシングをしていた。

秋の中頃で、私は、人差し指だけ余らせた状態でダンシングする方法に戻ることが多くなった。

 

ああそうや、この方法 暫くやってへんかったわ、どこいっとったんやろω

 

2の方法は、片腕を曲げることで バイクを左右に振ることができ、振り子ダンシングらしいことが でき易くなる。

休むダンシングに応用できるが、斜度が上がると かなりふらつきだす。

コントロールよりも、パフォーマンス重視というわけだ。

使う指が少なくなるので、手にかかる負荷も増える。

ハンドルバーを短く持てることも、コントロールのシャープさに関係するらしい。

 

現在登坂中

 

あまりに疲れてきたので、1の持ち方に切り替える。

シッティングでも1と2は使えて、1の持ち方の方が、グッと握る分、車体が左右に安定する。

肩とハンドルを腕の距離で固定するわけだ。

 

シッティングに足を上げる力を手で押さえながら登る、にぎり方を変えてダンシングをする、ありとあらゆる、今までやってきた方法を駆使し、なんとか車体を安定させながら、黙々と標高を上げていく

下りは無いから、確実に登っている。

 

途中から、うわ、ここからか・・・。という始まりがある。

 

それまでは、なんだかんだ言って、よく登る系の斜度なのだが、シッティングでは安定しない斜度10%か12%であろう区間が開幕し、ほとんど緩まらない。

たまに緩んでも、すぐ最盛する。

 

2年経っているので、どうなっていたか ほぼ覚えておらず、楽しめるか 登り切れるのか といった点だけが、ふわふわしている。

 

溝があったりするところでは、自動車の音が後ろから聞こえる段階で停車して足を付いた状態で待機するが、道中 いちいち振り返ると 時にマジでコケるので、ここでは、場所次第で、音だけ聴いて、右にさえふらつかなければ当たらないだろうと、そこに意識を持って、大抵は 走りながらパス。

 

ここまで余裕がないってのか()

 

意外だったのが、短時間で 手が とても疲れるということ。

腰と足は、まあまあ大丈夫で、それだけ 使ってきているということだが、斜度12%の連続で 手を使って支えながらバイクコントロールを維持し続ける キーポイントは、そう簡単に鍛えられないらしい。

元々、フラットハンドルは 手が疲れるから、楽な持ち方で工夫する。

これが、この斜度では、ふらつきに加算した。

 

斜度が緩んでから、壮絶だったことに気付く。

そして、いつの間にか、覚えている場所へ。

 

ここからが早く、トンネルへ。

 

そして、あのジャヤ。

 

とどさん『ここがオレの、黄金郷だぁぁぁ――――っッ\(◎o◎)/!』

 

道中に、記憶で、左カーブで きつかったような場所があって、今回は大丈夫だったが、地形と斜度と交通状況をよく見る必要がある。

いつ曲がっても、左の登りは慣れない。

 

海側を見ると、非常に面白い。

何処をどう通ったか、実は、大方分かる。

 

地元は、割とほっそい山と海の間のエリアで都市化し、東を見れば、南北に長く広がっている、同じ阪神圏でも このお山を境にして、交通量の多方向での流れの差異がよく分かる。

 

先の台風か、なんか工事が多いんだけど、ちょっと前に西側から登ったので、大体位置は身構えて。

 

このライド、たとえ東でも、北の方の別地域まで行くより 短時間で完遂できる。

本当は もう少しレギュラー化すべきなのだが、諸事情でオールシーズンやらず、回数も年間3回をそれほど超えない。

この日は、歩く人が なんかわからんけどめっちゃ多かった

 

おもしろいことに、すぐに 行くことができる、ダウンヒル経由の ビーナスなスポット。

ちょっと前にも来たけど、鍵がいっぱいω

 

ここ、甲府みたい。

 

つまり、直観の印象なんだけど、神戸は 大きなエリアに構えた都市ではないから、中央本線に私が乗ってみた甲府のような感じに見立てると面白いかもしれない話。

実際、どんな都市なのか知らないんだけど、ここから見ている一面の神戸と海は、中央本線のどこかの駅、私的には、ぶどう郷っぽい駅な感じで、ほんまに、特急とかに乗っているような。

つまり、ちょっとのチョコとお茶を、ベンチに座って頂けば、意外過ぎる最高がωωω

 

――エピローグへ――

 

山陽本線は、瀬戸内地域。

つまり、東京側から新幹線に乗って行く場合、横浜側の東海道にあるのが新神戸である。

しかし、私の地域は、もっと山陽側、つまり、広島側にある。

 

もし、まいが、東京側から新幹線でアイノコする場合、私は自転車で中心部へ向かうことになるが、小一時間かかるわけなので、実は成り立つ

私の地域は、東京方面から見て、東海道より さらに奥地にあるので、なんか遠そうな気がするのではないのか。

例えば、横浜と湘南と熱海と逗子、ふっつーの関西人なら、自転車でどこからどこまで行ける距離か、よく分からんっしょ?

わてもわからん(*ω)ωωω

 

私が自転車で、神戸の中心部と結ぶのは、結構、貴重なことのような気がした。

この辺りを走り慣れている必要がある該当者は、意外と少なそうだ。

東側は、相対的に、よく分からんし。

 

神戸の中心部のタイプは、阪神であるとする見方が一般的だ。

つまり、大阪から新快速なんぞに乗って 一気に来れる神戸は、大阪の近郊として繋がっている都市で、枚方くらいからそうだろう と、連想できる。

しかし、芦屋あたりから、ほっそーい市街地形状となっていることが、お山の頂上エリアから見ると明らかだろう。

そんな、貴重な道筋を走行しているのだ。

ずっと同じような景色が広がっていそうに感じる、なにげない神戸線・約24分は、実は、とんでもない区間だったと言えそうだろう。

そして、その都市エリア、アーバンなんちゃらっぽい感じが 途切れる場所がやってくる――。

 

そこから、瀬戸内地域にふさわしい印象になるので、もしかして、新幹線を使いまくった人は、神戸市中心部は横浜に近くて、神戸の瀬戸内的なエリアは広島に近い、と思っているのかもしれない。

 

だとすると、やはり、その区間を自転車で移動できるわたしは、貴重なルートを持っている!!

 

もしかしたら、広島から横浜を移動しているようなものなのかも。

 

私の側から見れば、神戸の中心部も大阪も、名古屋も横浜も、皆 東京と同じ、東の方にある。

つまり、私からすれば、東京っぽい感じがする。

 

そして、リニア中央新幹線を思い出す。

 

もし奈良を通ったら、京都が東京側にあるとは言えない気がした。

 

私は、今年、るり渓に行ったが、海側からほぼ真北グレードなルートを繋いでいったので、つまりは、るり渓は桂川へと流れる上流にある京都府エリアなので、もはや、嵐山から神戸の瀬戸内エリアまでは、京阪神広域圏を経由しなくてもアイノコできるということが、感じとして分かると思う。

 

()

 

まいは、13年ぶりか、神戸にその目的で来たらしい。

 

そうそう。そのそれ、ね。

 

私は確かに、BE KOBEを見て、花火を見ながら、あれとかこれとかに気付いていたけど、そんな時期に同じ土地とは、縁も極まりと言うしかない。

少なくとも、かなり 色々な何かが 把握できる。

 

似た夜になったに違いないだろう。

つまり、私も、色々なステージを見てはいる。

 

おはよう!が出来た いきさつも、確かに。

 

だから、やることに意味があった。

 

なぜ ずっと来なかったのか わからなかったが、まぁ、私の島を侵してしまうのが怖かったから、という気持ちが無かったとは言い切れまい

しかれど、神戸中心部は、私にとって、地元のとなり、阪神広域エリアという認識らしい。

基本的に、1時間かかる場所にある。

人によっては、東京と名古屋位の距離感だったりする可能性も考えてみておく。

 

一応、大宮と渋谷!?の関係――なのかな…///のように、地元地元 言っているけど、完全にそうだと言い切れるわけではないような気がした。

 

ので、まいが、神戸に星を生み出したとしても、まぁ、家の前の庭に来ている…ような感じは まったくしないので、ご自由に、と言っておく。

 

ただし。

 

昨年も行った、ほんまに簡易ライブで、通りがかった人が1000人として、その中に まいのを見た人がいるならば、すでに運命でもあるが、これは、自転車の会釈のあれにも言える()

つまり、気持ち次第という自己次元評価。

 

全てにおいて、何が言いたいのか?と言うと、なんとなく最近思った何気ないことを、文章にしておいた、というだけ。

東海道側と山陽側の違い、を 言ってみたかったような気がした。

 

マイマイは、メルのオトモ☆☆!?で、()()()

16Fから出てくる ωωωちゃんに、『メルきれい』と名づけた()のは最近の話。

(あまり深い話とちゃうから。)

 

最強の無名サイドのアイデンティティのカードが 潜在的にマイマイに定立できると思うのだが、じゃあ、メリケンパークに、来る?

そして、いそうにない私がもし偶然に居ることなど あったというのなら

 

・・・おお、そうだねω

 

マイマイ、ちゅっ♡ マイマイ、ちゅっ♡ マイマイ、ちゅっ♡ マイマイ、ちゅっ♡

マイマイ、ちゅっ♡ マイマイ、ちゅっ♡ マイマイ、ちゅっ♡ マイマイ、ちゅっ♡

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マイマイ、ちゅっ♡ マイマイ、ちゅっ♡ マイマイ、ちゅっ♡ マイマイ、ちゅっ♡

 

――シメ――

 

ただ、私の誕生日を、基本、誰も祝ってくれないわけで!!!!!

 

(あれこれそれやし、ええけどω)

 

2018年5月 3日 (木)

未来へ手を繋ぐ地球 ☆彡 ~ みんな みんな あかりちゃん♡♡ ~

♢ 僕には 夢がある


僕には、夢がある。 すてき描く世界、そう 争いの無くなった世界を〝見る〟ことだ。


これまでは〝保守派〟に 〝ややこしいこと〟があると思われていた。

けれど、〝子ども〟と〝おとな〟は、どうも違う。

つまり、成長できない〝理由〟があり、歪んでしまうということらしい。


おとなの社会は 基本、フラットランド、つまり〝内面(こころ・きもち)〟を無視した世界だった。

そこでは、〝すてきなこと〟が無い。

それはつまり、〝歪んだこころ〟に無頓着だ。

そうだ。それが、原因なんだ。


心の闇(シャドー)は、セラピー(シャドー・ワーク)で〝友達〟にできる。

僕は、〝前言語的なシャドー・ワーク〟の領域が ほとんど手つかず であることに気付いた。

こころの無い世界において、〝ドロドロの感情も無視〟される。

誰も率先して、ここに〝ヒミツがある〟とは言わない。気付かない。

いや、保守派だけが、それに気づいていたんだって?

でもさ。彼らは大人だけど、〝こころの闇(シャドー)〟を正確に把握できる〝ノウハウ〟は持っていないんじゃあない?


彼らより〝心理的(道徳的)に大人〟と言えそうな〝リベラル・ポストモダン〟の人々は、じゃあ、どう?

さっきも言ったように、〝こころを無視〟してたんだよね?

こころの議論自体、行われないよね?

すてきの失われた世界、おもしろみのない世界・・・

それって、一部の、歪んでしまった人々、特に大人にとって、投げやりな世界になるんじゃない?

誰もが傷ついていくのが〝そそる〟とか

僕たちが無視して、抑えてきたものが、追いやってきたものが、独裁者なんだよ。


見てよ! かんたん。

歪んでいる何かが、争いなんだ。

それさえ分かれば、夢ができる。

究極的には、独裁者の詐欺師(ないし 良いものも悪いものも無いという極端な脱構築主義)に至らせている〝人の心も含む、負の原因〟こそが、気付かなきゃならないポイントだったんだ。


保守派が悪いわけじゃない。ただし、児童に影響を与える大人は、責任がある

だから、大人の保守派は、子どもに責任がある。

この場合、大人の保守派は、上記の〝詐欺師(的な原因)〟に耳を貸してはいけないってことなんだ。

一方、リベラルな大人は、心の議論をしないので、〝詐欺師(的な原因)〟に気付くことができない。

カラクリさえ分かれば、簡単なことなのに。


僕は自転車に乗るから分かる。

危ないのは、〝イライラ〟しながら乗ること。

子どももまた、自転車に乗る。

最近の番組は極端になっていて、わざとそういった気持ちを誘発するものがある。

さっき挙げた〝誰もが傷ついていくのが楽しい〟という自暴自棄(崩壊)だ。

子どもや保守派だって、〝大切な人〟がいるよね?

〝誰もが傷ついて〟いくのって、楽しい?


世界は、確かに混乱してる。

学童も保守派も、健全だというのならば〝誰かを傷つけたくはない〟はずだ。

昔の世界の争いは、自己中心的な(権力)衝動のシャドー、あるいは もっと〝前言語的な領域のシャドー〟を当てつけた、〝独裁者(的な指導者)〟によって、〝誰かを傷つけたくない〟という気持ちが〝壊された(マヒさせられた)〟 。

そう、まさに〝よわいこころ〟によって、幾多の混沌がもたらされたんだ。

それは単なる〝幼い人〟ではなくて、各宗教で描かれてきた〝悪魔〟なんだよ。

保守派の人々なら わかってくれると思うけど、これって、どんな宗教にも共通していないかい


つまりね。

混沌なる詐欺師は、〝保守派〟とか〝子ども〟とかを フェイクにして、〝うやむやなる実行〟をするんだ。

もう一度言うよ。

子どもは歩く。そこに何かがあるとする。むしゃくしゃしているとする。

〝見てショックな(混沌なる)お話〟を子ども、あるいは僕ら(内なる子どもを含む存在)に普及させたら、道行く僕らは、子どもたちは、どうなるかな?

保守派もリベラルも、クラクションは〝法律を犯すために鳴らす〟?


セラピーがいい。

特に〝前言語的な領域のセラピー〟に注目してほしい。

それは (人生を)歩く僕ら(そして子どもたち)に対しての そういう〝当てつけ〟であってはならない。

セラピーを〝医者〟 シャドーを〝病気〟とするなら

保守派でもリベラルでも 病気を治す医者は〝ヒーロー〟だ。 (保守派にもリベラルにも感謝されるだろう。)

〝すてきなこころ〟と〝専門的な実質〟が伴いさえすれば、保守派もリベラルも、同じ


そう。

世界の抗争は、もはや〝保守派 対 リベラル〟とかじゃあ なくって

〝混沌(の詐欺師[的動因]) vs 気付かぬ世界(僕ら)〟だ。

だって、闇は僕らの中にあり、僕らの文化やシステムの中にあり、単純に幼い誰かや何かにあるわけではないから。

そして、リーダー(責任ある情報発信者)が〝幼い〟ならば、混沌に付け込まれるので、〝翻訳だからという言い訳は通じそうにない〟と思える。

例えば、第二次世界大戦がそうだ。

あの、闇詐欺師、ヒットラー(を動かした、心を含む動因)によって、僕らは〝保守派が…あの国が…あの団体が…〟今にもホロコースト(魔女狩り)をするんだと 思いこまされるようになってしまった。

誰もがやさしい、〝人を傷つけたくはない〟という心があることを〝忘れて〟しまった。

人が人であるために 決定的に必要な ハートからくる〝自信〟を失ってしまった。

それは、拷問が心地いいんだというような逃避(エコ陣営の間違った 神秘だと思い込んだシャドー)を、或いは 敵はすべて焼き尽くせというような強迫的防衛(エゴ陣営の間違った 神秘が悪魔だと誤信したシャドー)を伝染させた。

現代社会は、この中世以上の流行り病から、抜け出す自信はあるか?

ヒトラーに憧れず、自分の中のヒトラーを突き落とさず、僕らは僕らと、真に〝友だち〟になることは、できるだろうか?

いや、できる。



♢ モラル リベラル チルドレン


先進国の世界には、おかしな用語がある。

大人という意味のアダルトは、なぜか普通の意味では使われない。

18歳を表す〝18〟には、意識の年齢を表す意味はまったく無い

禁止の意味を表す〝禁〟という言葉には、どこか〝ある種 購買意欲的な=覆われたベールを取ってやろうとする邪な〟ジブンをイメージさせる

子どもって、ハズカシイ?

大人って、もっと ハズカシイ??

現代社会のフラットランドは、〝こころ〟〝やさしさ〟〝寄り添い合って笑うこと〟を忘れ、へんてこなものに逃げている。

いわゆる〝性〟が強迫観念になったこの時代、その原因はと問われると、混沌の〝魔女狩り-世界大戦(独裁主義)〟が、モダン(啓蒙主義)以降(ないしもっと昔から同様)に与えたショックだ。

それを面白がって混ぜっ返す輩(動因)が現れるが、騙されずに〝人間の直観(ハート)〟を意識し続けよう

それらはすべて、(前言語的な領域を含む広域の)シャドー・ワークで治癒できる。

やり方は、〝あなたに合った恥ずかしくない実践 (宗教)〟を見つけること。

そのためには、〝ボディ・マインド・スピリット・シャドー〟を網羅して、闇の動因にデリケートである必要がある。


そうだよ。

つまりね。

より広域 (保守派やリベラルを含む 多数の日常) に適用できる世界宗教 (皆ができる共通の認識と実践)〟があればいい。

ホロンという考え方で言えば、〝リベラル憲法は保持〟されたまま〝国際連合が地球市民社会へ僕らが国を超えて繋がる

この〝保持〟〝保存〟は〝基本構造〟と言う。〝各種の(ふつうの)宗教〟の構造も壊さず(保持して)、別のテレビ番組を見る(別の本を読む)ような感じで 明確な意図と方向を持って〝適用〟できるもの、〝より こころかがやく〟深いものになっていく。 それがいい。

これは〝適当に選ぶ〟のではなく、〝混沌(シャドー)〟の (こころよく 公正に フレンドリーにして 意地っ張りを手放す) セラピーが〝地球を変える〟ことを〝実践によって理解する〟ということ。

今までは、こういった明確な〝原因〟が分かっていなかったから、各コミュニティ(保守派・リベラル など)による より正確な(最大数を包含できる)〝合意〟が 満足に得られなかった というわけだ。

これからは・・・ できる。



♢ 世界宗教(仮)


ちょっとテレビを見ると、お好みで「世界宗教(仮)」にできる〝真剣なおつまみ〟が ちゃんとある。

僕は、時折 「世界仰天ニュース」を見る。 リベラル(ポストモダン)の色気のある番組だとしても、内面をサポートしているので、「健康(ボディ)」「心理(マインド・シャドー)」「つながり(スピリット)」等を身近に関連付けることで、〝他者を思いやることができる人〟なら 誰にでも何らかの〝得るもの〟があるはずだ。

保守派が苦労するのは、リベラルな社会のシステムで ブラック企業の(使い捨てまがいでの)上司となったときだろう。 部下がリベラル(特にゆとり世代)なら、大体想像ができる。 こういった多視点を「具体的な日常世界の例」を交えて 自分なりに咀嚼してみるのがいい。 そのための「時間」が無い場合は、「混沌(シャドー)」と向き合う大チャンスだということだが、私は別に〝賢い(繰り返し使えるものを重点的に購入する)節約〟をお勧めする。

池上彰さんの(メイントーク)番組は、世界(の構図とその課題[シャドー])を理解する〝明快な鍵〟になるだろう。彼はテレビ局や番組と視聴者を含んで 「その空気 (レベルないし世界空間) に合ったお話」 を展開するので、誰にでもアクセスするチャンスがある。 僕はリベラル(ポストモダン・インテグラル)派なので、それらが重心の局が好きだ。経済と内面(霊性)を含むバランスの良いユニークな(彼との)議論なら、「テレビ東京(系)」の番組にて最も輝くようなので、興味のある方は 一見すべし。

世界ナゼそこに?日本人」は、時々 とても深い動機を持った人々が出てくる。 狭い日本から離れて広い、いや〝深い〟視点から〝世界の子どもたち、世界と僕たち、システム、文化、地球の未来〟を直覚理解し、具体的活動(と成果)を伴って 文字通り〝世界を変えて〟いる。 これは大きな 〝世界(或いはシャドーとセラピー)の理解〟のヒント(きっかけやリンク)となり 狭い日本から 広い日本、つまりは〝深い日常〟を 自分(自他)の中に生起させる〝実践〟となるはずだ。 また、保守派(的な動機の人)も出てくるはずなので、誰でも身近に感じる例にアクセスできるチャンスがある、〝より良き世界への羅針盤を見失わずに見れる〟番組だ。


日本の文化として、世界に紹介されたのがアニメーションだ。

アニメの良点は、繰り返し見れるところ

アニメの深さ(こころやさしさ)が 海外の国から見た日本の文化レベルを表すと言っても過言ではないので、私たちは アニメにも こういった〝展望(的な視点)〟を広げていく必要がある。


最近のアニメは〝バトル漫画〟が主流で、僕もそこで育った。

これからの時代は、多様性を 方向を伴って より 含んでいくことになるので、男性は女性と、女性は男性と その世界とより身近になる。 (共感理解していく必要がある。)

バトル漫画は〝女性の視点(多様な深さの各種リンキング)〟を包含するには不十分となりつつある。

一番の障壁は、「バトルシーン」が 私たちの「こころ」の価値観と「一致しなくなってきている」というところ。

単なる〝アクションの多用〟は〝エンターテイメントのみの追求〟で終わってしまいかねない。

また、どうしても 自分の中の「荒くれ」をシャドーに残したまま大人になってしまいがちだ。


アニメは 俳優が居なくても〝概ね何でも映像にできてしまう〟ので、この「バトル(要素に影響された種々)漫画・アニメ等」は 年々肥大傾向にあり、これまでに挙げたような 「独裁者・詐欺師・非視点的な狂気・各種シャドー(割と健全なシャドーも含む)」 の雰囲気(病気・動因)として 「(ある種) 意図した上でヒットさせていく」 伝染のスパイラルを作っているように思えるのは、これまでの議論でも挙げた〝上記のシャドー・ワーク(理解)〟が無視されすぎているから。

そういったシャドーに圧倒されたり正当化したり 或いは気付かず大人になった人々が、もっと自他を〝思いやりの心がマヒした=傷つける〟ように作り、それがまた 次世代のそういった人々を引き付けてしまう点は、先代には読み切れなかった〝先端的視点(インテグラルなど)の矮小化〟が関与している。

僕は、バトル漫画自体の「王道思想(ストーリー)」は好きでも、最近 自転車に乗っている兼ね合いもあり 全体的に「見づらく」なった。

だからと言って、そういった表現は、「どんな漫画・アニメ・(関連小説)」にも文化として取り込まれて(伝搬して)いっているので、もう「バトル漫画だから」とか そういう単純な構図ではなくなっている


ちょっと待とう。

議論が黒くなっている。

今日は、こんな話をしようとは思っていないんだ

そうそう。

シャドー、シャドー、(ワーク)、って言っているけど、普通は 「健康な気持ち」の「無意識ちゃん」を〝そう呼んでいる〟んだ。

かわいいものなんだ。

僕が、そういう雰囲気を持っている、好きなアニメを、今日はみんなに紹介するんだったよ


「こころ」「おもいやり」が明確に「世界を繋げる」意図で現れている とても優秀なアニメ。



♢ ジュエルペット てぃんくる☆


ジュエルペット てぃんくる」 ☆彡 ―――(テレビ東京での第1作。前作はテレビ大阪。――以下 てぃんくる☆)


保守派・リベラル・ポストモダン、現代陣営の3者 (社会の接着剤と言われる) が〝なかよく〟している。

よく考えてみると、てぃんくる☆は 「スピリチュアリティの発達ライン」を強調していると言えて しかも重心の高度はポストモダン「AQALで高度6」だ。

現代世界にしかないものを使っているので、後続のレディ ジュエルペットと比べると 〝インテグラルな居場所(未来の想定)〟という不確かな〝社会的表層構造〟に影響されない分、〝この世界の誰もが見れるお話〟となっている。

キリストが2000年くらい前に〝今より未来の地球のシステムと文化〟を夢で見たとして、それを〝当時の時代で表現しよう〟とすると、どうなるかな??

僕は、これを ひとつの定義での 〝ポテンシャル〟のある作品と言っていて、〝未来になるほど (普遍的そして思いがけないような) 評価が高まる〟(だろう)ことに気付いた。 (もちろん、真似できない意味で言っている。)


あかりちゃん(主人公)は、まず リベラルが言うように 「社会システム」を本気で吟味して〝成り立つ〟魅力を備えている。

ルビー(ジュエルペットの主人公)は、常にかわいい


つまり、良い社会とは、スピリチュアリティの発達ラインのコンヴェアベルト(発達を助ける社会文化)を健全に強調する社会であり、僕が (統合的な生まれ変わり等で) あかりちゃんになろうとするとき〝うまくいかない〟理由は〝社会システム(そして内面的な文化)がそれに追いついていないから〟となる。 (社会システムの兼ね合い等から シャドー化した動因は その否定[否認]に走る。)


――― 3者と良い社会の「てぃんくる☆」ワールドを〝そのまま 〟私たちの世界に実現する方法は?


てぃんくる☆は、そういった理由の他に「オタ(ヲタ)」向けという〝所与の誤解釈〟(水平的なタイプ論にすべてを還元するだけの極端な脱構築陣営[的シャドー]により――) が伴い、(現代・近代の視点から) 中世のキリスト教のような扱いも受けたが、「ジュエルペット初代 と (ピュアな僕☆ちゅっ♡) インテグラル(理論)の合いの子」の〝アニメの中のアニメ (キングオブアニメ、ロイヤルアニメ)〟であり、アニメの定義を〝真善美の美である きれいな(内的な)世界(としてのアニメ描写)〟とするなら、その意味でアルティメットだ。

つまり僕は、〝インテグラルっぽいアニメしか認めない〟などとは言っていない。 (作品間の流れはまた別の次元。)


てぃんくる☆が打ち出す〝要求 (霊的・道徳的な実践・確認)〟は 根源的な変容を明確に意図した〝修行(訓練・実践)〟なので、音を上げて帰って(シャドーに身を任せる)者が出てくるわけだ。 作品がとても優秀だから

あかりちゃんになってみるといい。 (あかりちゃんのような優しいこころを社会で発揮してみようとしてほしい。)

社会システムをはじめとした課題も山のように見えてくるけれど、内的・現象学的にも〝自分の中の弱いというか狡猾な部分を沈黙させて 本気で世界にお祈りできるような 強くて安定しかつ流動的な心(エネルギー)〟を 確実に発揮していくことは、かなりハードだ


一言で言うなら、てぃんくる☆ ちょ~好き♡


というわけで、てぃんくる☆は、世界宗教 (深さと汎用性のバランスの取れたユニバーサルに多元的な実践)ヴァージョンを示し、世界を平和にする道において〝決定的に重要なこと〟を言っている。

ケン・ウィルバーが〝産湯と一緒に赤ん坊を捨てた〟と言いながら〝ブーメリティス(ベビーブーム世代・ポストモダンの欠点・僕はその部分は前保守派的[というよりシャドー的]に分類している)〟の議論まで十分にしていた時代を経たのだけれど、まだ 本気の てぃんくる☆ ソウルは、多くの人々に根源的だと言われるのを待っている。(気付かれぬ。)


アニメでなくとも、なんらかの僕らなりの〝世界宗教(ユニバーサルな実践)〟がしっかりと出てくれば、1作品、1アーティスト、1陣営などに〝具体的責任〟を押し付けなくてもよくなるけれど、アニメが日本の文化だというのなら、海外の人(特にアジア圏内)全員に見てほしいのは、てぃんくる☆ !!

そして、日本の社会的事情は、決定的にかけ離れている!と彼らに言われたら、日本の未来(創発課題)が見えてくる(笑)


テレビ番組かつアニメーション作品という〝形式〟はあれど、リンキングか 語らいか、ふれあいか、単純に〝見る〟イメージにこだわらずとも。 (この文章を見るつながりでも。)


レオンの〝世界を平和にしたい〟は、獅子もはっちゃけ ハートの現実♡



- 世界のリベラル憲法が ひとつにつながる 夢の日と描いて♪ - (2018 04 24) [5月3日掲載♪]



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「未来へ手を繋ぐ地球」 (本文) 公開記念♪

《 more freedom 》 ~憲法記念日☆ばーじょん~ 堂々 「大公開」 (≧▽≦)♪



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2016年10月12日 (水)

セレンディピティと近況報告2016

時は夏。愛用新快速車両(自転車)の老朽化も進み、ロングラン用に前々から検討していた〝新型〟の購入へと踏み切ることになる。・・・のだが(・∀・)


要約すると、数年前に、夜中心にやや強引にライブ活動をしていたが、ある種の悪戯受けをきっかけに、自粛してしまう。

その後〝弱虫ペダル〟(アニメ版)を見ながら、ロードレーサーという自転車を知ることになった。


ロードレーサーは、一般には「ロードバイク」と言って、私は「ロードサイクル」と呼んでいたが、要は「ロード」である。

ジャンルは「スポーツ自転車」で、スポーツと無縁の私が唯一、とっくの昔から実践しているジャンルと直結している。

そして、専門店に21世紀の新型として「クロスバイク」と名の付く自転車があり、まさに「クロスシート」を連想するかっこいいネーミングなのだが

「クロスシート車」とは違う意味の、「丈夫さを取り入れた」、歴史あるロードを「ベースにした」自転車である。

特徴は、ロードと同じく、パンク修理がしやすいこと。メンテナンスに気を使うこと。

まぁ、何のクロスかといえば、ミスチルの「クロスロード」に近いのでは?


で、今年の夏、先代新快速車両の虫ゴムが傷んで、ちょっとやばいことになった。

本当に傷んでいただけだったのだが、いたずらも考えて、「家に自転車を入れたい」と考えるまでになった。

が・・・


重いΣ(゚Д゚)


とても無理であると気付いたので、結局、最終的に抜けないバルブをはめて、未だ活躍している。

荷物運びに優れすぎているので、壊したくないのだが、この自転車には最強の利点がある。

〝経済価値の面では、取られない〟ということだ。

値打ち自体は、ほぼ無いと思われるので、重いし、手頃な場所に停めて、何でもできる。


あの時から、少しずつ調子が悪くなってきたので、弱虫ペダルの影響もあり、ロードを探すという選択肢が芽生えてきていた。


最初は軽ければ何でもよったのだが、まず、軽い自転車=ロード という専門かつ高価路線ということに気付いたので、焦って適当に買うのは無謀だということになった。

時間を取っていろいろと調べていくうちに、一度は乗ってみた方が良さそうだと思ったので、自転車圏内の店を色々と調べた。

そうしていくと、「クロスバイク」という種の自転車が、有名ブランドで最も手頃に入手できることが分かり、3万円の予算を本体だけで5万円に引き上げることを余儀なくさせられながら、悩んだ挙句、こちらの選択にしようとなった。


ロードではない理由は、まず高くて買えない。次に、自分に合ったサイズがさらに難解。タイヤが細くパンクしやすい傾向があり、車体が軽く細すぎてよくこけるらしい、というところ。

先代と同じような使い方をしたかったので、ロードを兼ねている、距離のある隣町まで行けるクロスで、条件を満たしていた。


クロスに乗ってあちこち行くような使い方をする人は、「ロードが必ずほしくなる」、ロードを買った方がオトクである、という見解もあったし、用途が広く凄いことが色々できるので、クロスバイクを買ったことが逆によかった、という意見もある。

考えたが、予算と上記から、「乗らねば分からない」ということで、ロードに乗りたいなら「まがい物ではない本物のクロスバイク」という絞りになった。

ロードに乗れるか、確証がないからでもある。


というわけで、真夏に関わらず、自転車探しが始まる。

実は、2日くらいで、即決まった。


有名なメーカーのエントリーモデルがぴったりだったのだ。


節約を実施している私が、最近、高還元のデビットカードにハマっている経緯から、これを使用したい、ということで、口座に入金している僅かの間に・・・


売れたΣ(゚Д゚)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)


めったにない。

めったにない!!!!!


でも、その後1月2月待ってもまだ入ってこなかったので、逆にいつもの〝共時性〟というか、間違いなく何かしらの意味があるんだろう、と待つことにした。


今年は春くらいから、運が悪い、というか、物が壊れてきたことで、一気に色々と新調する、たぐい稀なる時期だ。


去年の先代自転車のオートライト換装にはじまり、色々だ。


そして、悪いと思われた運は、妙なタイミングを経て、「そうなった方が良かった」結果をもたらすので、かなりいい年。


特に衝撃的だったのが、クロスを買い損ねたタイミングで、デジタルレコーダーを買うことになった点。

ポイントがたくさん付く買い方をしたので、この後のクロスバイクの付属品を買うのにぴったりだった。

これも、順番。


ロード系を買おうと店に立ち寄ったころ、妙な気分にさいなまれた。

場違いだということだ。

音楽スクール時代に似ていたのだが、私の形態では、「経済力がない」点で、よくわからないほど、後手に回って沈んでいた。


まず、それを解決するために、長期的ないしこれから的に、2・3の対応行動をすることになる。


1つ目は、依頼型の文章作成をすること。

他にもちまちま資金を得る方法はあるし、例の出来事から、2014年度以降に少しずつ、自分の財産になるような出来事や資金集めになることをするようになった。節約の範疇だと思われる。

時間と環境があるのだから、最低限の資金で繰り返し使えるアイテムを入手し パフォーマンスを最大限にして機会を活かす生き方がベストだということ。


これにより、8月中にでも、数分の1でも資金ができたので、気持ち的には、買い損ねて良かった。


次に、ずっと心をむしり取っていた「社会の中で活動すること」の投影形態を、1段階緩めること。


要は、スタイリッシュなファミリーレストランやカフェ、ガールスカウトやバトントワリングにパレード・カラーガード、ひいては(小学生の頃から踊り歌うような子ども中心の)アイドル(笑)に至るまで、テキパキハキハキ型の、ほとんどすべての活動形態に、このタイプの投影を継続していた点。

以前も触れたが〝セクシュアリティの活力のボディモジュール的な維持〟を、シャドーモジュールとスピリットモジュールのバランスを経て、進化させなければならない時期に来た。

ここで重要なのは、シャドーワークをするにあたって、投影の対象のセクシュアルな要素を「観想する」必要がある点。

間違えやすいというか、副作用は、「それに溺愛してそのままな点」。

この手のシャドーワークをする理由は、無心でいようとするときに余計な神経症を悪化させてエネルギーを浪費するのを防ぐための先行投資、というところ。

つまり、これから行うのは、仕事人間も含む「溺愛観想と行為をすることの禁止」だ。

行っていいのは「カフェに、パレードに憧れている、ことを認識する」こと。 その後の同化(理想投影溺愛)はもうしない。

いわゆる禁欲主義・・・なのだろう。


今年の北東旅行(はまなすファイナル)でも、その前でも、定期的にそうだったのだが、美しくて憧れる人々に声をかけて誓ってみるということを、何回かやっていた。

このシャドーをほおっておくとやがて自分をむしばんでいくため、失礼なアクティングアウトとならない範囲で、「一度もできない」と決めつけないために、行うメリットがある。


で、今回は、あるカフェの前で誰かがライブをやっていたので、そのことをきっかけにして入ってみた。

(実は、この日にクロスバイクを買っていたのだが、その話には後で触れる)

「なるべくやってほしくはない」という意味深な感想を述べていらっしゃったが、その方は笑顔がきれいで、少し八重歯なところがさらに憧れを加速させる。制服もスタイリッシュでエプロンファッションが似合い、私のへんな歯並びでもやれるのではないかと思わせてくれた。

というか、カフェ関係で魅力的な女性には、八重歯が多い気がする。←余談


というわけで、「憧れています。働きたいです!」と言ってしまったことから、面接を受けなければ・・・と思い、準備をする。

今回は、責任を学ぶこと、社会の責任と今の自分の認識の差異を実感するために、あえて危ない賭けをする。


一つ言えることは、我慢できないくらいに憧れている側面が間違いなくあり、ほおっとくのがまずいということ。

もうこの症状は、数年間抱え続けている、統合的カルマの一種なのだ。


実は、面接を受けるのは、ここ数年で2回目である。

2回ともカフェで、1回目は遠方入り組んだ場所にあるオープニング求人。

1回目は、ネット応募で携帯番号無しでも面接することになったので、そのまま仮部屋で面接して、緊張するも楽しかった。

2回目もそうなのだが、終わってからしばらくの待ち期間は、悪酔いする程苦しくなるので、めったにこういった実践はしない。

しかし、ここに、だらだらとストリートライブをやることでは学べないがライブにとても役に立つ〝社会的な責任の感覚〟という経験がある。

2回目の今回において、面接を直に申し込むため、1回目では行わなかった「電話番号」の取得を数年ぶりに行った。

ネットから行おうとしたが、書類に文句があったため、後回しにして店頭を見ると、より安くあるという例の運の話的なのになって、安く入手した。

番号さえあればいいので、着信メインのプリペイド型である。

解約手続き不要なので、ある程度の資金だけで契約できる、今の私のためにあるようなサービス。

戻るが、結局買うことになったレコーダーの話は、まず、保証会社が保証期間内にもかかわらず潰れたのでメーカー修理に出そうとしたが、電話を待つのに難があったため、着信だけでもいいから、電話があった方が良かったのになぁ…と感じ、それとも関係していると思う。

この電話契約の日は、実は、メガネも買った。

いわゆる緑のやつがメガネの鼻あてにつきまくって数年、定期的に清掃しても手に負えないことから、身なりをあきらめていたのだが、今回、強引に洗うことで鼻あての部分ごと取ってしまった。

これで2・3万はくだらないか・・・とおもいきや、鼻あて無料、余っているフレームでレンズ3千円!

ははははは(笑)


意外なものが安かった。

メガネの度数はほぼ同じで、愛用の古い方もネジとか調整してもらってかけやすくなった。

教訓は、「プロに任せるとお得なことが多い」。

実は、クロスバイクを最初ネットで買おうとしたが、それではメンテナンスないし組み立てで高くつくし、適正サイズを買わなければ完全に損をするので、断念した。これも含むだろう。


メガネの購入にて、元々傷在りまくりの先代にくらべ、かなり明るく見える。

新型を自転車用に使って、旧品を日常に使うと、かなりちょうどいい。

フレーム自体は旧品をずっと使っているのだからね。


そうして、身なりの対策、というか自分で納得のいくために、である。


面接は、電話がかかってくる、というシチュエーションであったため、待っていたが、一向にかかってこない。

1日遅れでかかってきて、忙しかったのだろう。

他にも候補がいたらしい。

で、面接の日がいきなり明日の午前になって、写真を撮りに行く。

そのまま夜中に履歴書を一生懸命書きながら、仕事人間の自分を楽しむ。

これも、禁欲主義の観点からは「いけないこと」である。(余談)


髪型とか靴とか、どうにもならないこともあったが、面接にまでこぎつけた後は、しばらくしてから、店長さんと思われる最初に合った女性の方の笑顔に我を忘れ、微笑みまくっていた。

憧れを表現した。

しまくった。

じぇんとるに。


音楽スクール時代に似たことをやったので いまさらという感じだが、これで、自分に内在するものを色々と把握できた。

仕事人間として、責任をもって自分を鞭打つ(笑)覚悟はできた。

すごく、心がガタガタして痛い。


実は、最大限計算してやっている。

クロスバイクの件でも、資金が尽きるのはかなり痛いが、無計画に声を使って歌えなくなるのはもっとリスキーである。

それでも冒険しなければならなかったのが今回。

いうなれば、もうライブをしなきゃ、というところまで来ていたからだ。

別視点では、まいが頑張っている、ということもある。


そして、計算通り、本気で面接を受けたが、連絡はない。

一応、わざとしている例があるので、電話使用の確認のためにも連絡してみたが、そういうことでもなかった。


というわけで、待っている間、自分がどれだけライブする人生を失うことに落胆しているかを知って、それでもあこがれの衝動が消えないことを直視し、これからどうするか?に本気で向き合うことになる。


ここで、ボディモジュールの実践が効いてくる。

もともと、スポーツサイクルと聴いて、私にできる唯一のスポーツと、クリアな根性実践にて、これしかない、と思った。

つまり、スポーツジムに通う代わりに、あくまで実践として「クロスバイク」を買おう、ということだ。

先代が完全に使用不可になった場合、もう一台安価なシティサイクルを検討するということ。

良いものなので、修理依頼するつもりだが。

そして、ボディモジュールの実践により、セクシュアル・バイタリティーの適正化をし、練り成長させて、例えば日常のテンション(自然な笑顔で自然にハキハキ)やライブで、悪い緊張ループに陥らない状態や構造を作る、という点を目指す。


別に分かったことは、ガールスカウトもパレードも、今回のカフェの女性も、その他あらゆる「これが責任です。でも、そこにあるバトンを、あなたが持って。今、選んで!!!」っていう経験は、私が彼らに投影している擬似経験ではなくて、彼ら自身が「無心に経験していること」に私がかってに憧れているだけだと、本当に最近気付いた。

つまり、彼らが行っている「私のあこがれの本当のところ」は、音楽で既に経験したが、「自分の中に自然にできる高められる経験そのもの」でしか、共感・共有できない、それが唯一の方法であろう、ということだ。

ライブで自己緊張肥大してしまうことをボディモジュールで解決するとして、それでも「自分にできることやれること、だからしなければならないこと」でしか、自然で行為的な「スポ根」をすることができない、あこがれを「認識」することができない、ということ。

これが、今回の面接で気付いたこと。

こけつにいらずんば、戦利品。


したがって、バイタリティの昇華という行為の変形として、仕事人間であることもまた、仕事に依存するわけで、脳内の依存物質を過剰に分泌させる結果となる行為を助長しては、そのボディモジュールがうまくいくことは・・・ないというわけ。


仕事人間型の「むりやり」は、一見うまくいくように見えても、自分を壊している点が、致命的。

これ、中々気付けない。


で、クロスバイクは、運動で、自然で楽しくて、こういうモーションが、自然なホルモン、自然な健康を生み出し、悪性の物質を身体にたむろさせない、非常に重要なライフスタイルになる。


そこから、ライブの話にもなる。


要は、外でやるライブは、ニート用語の文化的偏見もそうだが

「うるさいと思われている」「違法だと思われている」「ごみを片付けないと思われている」「芸術ではないと思われている」など、ネット上では偏見しかないので、全部一笑して

どうせ、やっている人の経験が検索して堂々と一般論で出てくるわけでもないので

市に聞き、アカペラとオケでやり、ごみを拾い、芸術の街にふさわしい心意気で、ライブをする。

ぶっちゃけ、ストリートライブに関しては、ネットは嘘ばかり言っている。


神戸まつりを去年と今年で2度見たが、ごみで散らかる点を除いて

多くの人が棒立ちしながら見ているので、しっかりとした芸術性をある程度の基礎としているなら、ライブが万人から嫌われるのが思い込みにすぎないと、簡単に分かる。

そして、神戸まつりのテーマは「笑顔」と関係する。

私がはたから見ているんじゃなくて、笑顔に参与するチャンス、なんだ。


と ものすごく前置きが長くなったが、クロスバイクを買う経緯に、かなり複雑な事情と流れがあった、と言いたかった。

ライブに関しては、夜にだらだらと長くやってひどい目にあったので、明るいうちに明るい曲を半時間だけやることで、なるべく多くの日にまんべんなく尾を引かずにやることができ、旧シティサイクルに頑張ってもらっている。


実は、そうしていろいろとロード系について調べていた傍ら、8月ないし10月までは、ニューモデルの販売により、型落ちモデルがセールしている、と聴いた。

そこで、真夏からそれを探したのだが、クロスバイクにて昨年モデルの合ったサイズは完全になくて、あきらめた。

まず、例のが売れて、次にそのまま別ブランドの型落ちを別の店(最終的に買う店)で購入しようとしたが、それは少しハンドルが遠くて、断念した。これは店員さんのアドバイスだったが、その後買ったものを乗って分かったのは、やはり前傾になることからハンドルが遠ければ手が疲れる、どうせ、合ったサイズのものなら派手な前傾にできる。ということ。


書き記したように、その後、いろいろあって、9月も末に差し掛かるころ、もう一度色々な場所のクロスバイクを見た経験から、新たに別ブランドの型落ちを売っている店が見つかっていたので、別店にだが、確認や試乗も兼ねて冒険しようとしていたところ、ふいに寄った初期候補の店で なんと、目当てのブランドの型落ち品適正サイズが…。


前に、店員さんから「どのブランドのどのモデルが欲しいか、決めるべき」と言われ、すでに候補が決まっていたので、現金購入を決めた。

カードでは値引きが少なくなるものだったので、こういう買い物の時は、銀行デビットにお金を入れるタイミングを慎重にする必要があり、今回は入れていなかったので、ちょうどうまくいったと言える。


もちろん、本体以外はカード推奨。


「どこにあったんですか? 以前はありませんでしたよね?」と聞くと、東京から来たらしい。

つまり、向こうではこのサイズが余っているっぽい。

こちらでは、ニューモデルも含めて、5万円付近のこのブランド物はここ2ヶ月ほど全滅している。


以前のものより、3000円高かったが、円安時代の去年だとはいえ、8段のギア(×3)を買おうとするなら、ずいぶん安く買えた。

買った時はまだよく知らなかったとはいえ、先に売れたものとの違いは、ほぼ上に1段ついているだけ、なのだが、走ってみて、この1段が、意外といい。やや下り坂でぶん回さなくても、ラスト1段あげることで、適切に回せる。

3段の方は中央が基本だから、めったに移動しないが、7段(×3)の場合は、3段目にしてから加速したかもしれない。

あまりカチャカチャはしたくないが(笑) 正直すばらしい。

ぶん回さなくてもいい感じで進むということ。


これで当初の目的である、型落ちの狙い目モデルを買えた。


ライブで歌っている「大好きな君」の〝ピンクなバイク〟曰く

走りだしたらもう止められないよ(笑)(笑)(笑)

(今デザインしたような感じの―[歌詞なんかが]ハシりだしたら[心は]もう止められないよ)


その後、順序通りに、U型ロック・ワイヤーロック・ライトを買った。

新型クロスはキックスタンド付き。

まだメンテナンススタンドはないので、うまいこと立てて壁際にこけないように固定している。

チェーンの清掃と油をさすタイミングと場所が未経験かつ悩みどころ。

携帯ポンプなど、すでに持っているものもある。


そんな、10月12日、ちょうど まいが10:28を目撃していた頃、成り行きで、ライブの空いている時間の始まりが大体この時間で、その日、私は、帰宅後、新型クロスを出して、サイクリング♪

まいの誕生日にまた82円で手紙を送ろうと思うが(年に2・3回送っている)、その近況準備として、ライブから今回のおさんぽ経験が完了の合図となる。

少なくとも、その気持ちを汲んでくれるセレンディピティが嬉しい。

もちろん、それと対応する曲「マジカルエマージェンス」も歌っている。


無心で根性を自然に出せる自転車御気ままイベントを経て、近年ではこの上ないほどにぐっすり。

ライブをした日なので、経験が総合的につまった、かけがえのないこの日。

手紙は出すか分からないが、これにかえて、まいに見聞(報告)するとしよう。


(2016 10 12)

2016年1月13日 (水)

心身〝内部〟の〝状態〟と〝健康〟の〝インテグラル〟ビュー

現時点で、わが国では、いくつかの、差し迫った心身相関的事実が、混乱傾向にあり、手に負えない瀬戸際まで来ているのではと感じ、シャドーワーク(セラピー)とILP(経験)の兼ね合いから、学術視点で、真剣に、これらの核心について、語ろうと思う。 あまりディープな用語は控えたいが、避けては通れない議論と存ずるので、以下に、テーマを語る。

[日本思想に多大な影響を与えたトランスパーソナル源流の代表 スタニスラフ・グロフの研究テーマで切っては切り離せない 向精神薬物〝LSD〟は 毒性はないが 場合により有害 (現時点での私的な見解・当時グロフは〝LSDは何であるのか知られていない〟と言った・また 聖人の瞑想で同じ変性意識状態に入る・シャドーを含む一般人の変性意識を悪用して操れるので危険・カルトや詐欺 世界仰天ニュースにも挙げられているこういった視点の理解と対策に重要)。ノイマンも言う〝無意識の再集合化の危惧〟の視点で マスターベーションは〝心身内部の健康バランスからの逃げ〟に使われており (無意識含む 広義の)官能的 (西欧用語では ポルノ的)アニメや (当人の主観的意図が 無意識のイデオロギーに染まる 現代都合の) シンボル過多の制服を着たアイドルが 経済システムを含めて 社会的な闇を助長する結果となっている。インテグラル理論における〝個人と集合・外面と内面・外部と内部〟の3項視点における〝個体外面の内部(ゾーン5)〟における健全な理解が乏しいことから起こる種々不安定な自己システム(現代病)の傾向 & ビタミン・ホルモンなどのバランスの変化が インテグラルな毒薬学(毒性学の薬学的側面の意味・とどの造語)からは 切っても切り離せない関係になっている。 など]


・心身内部の健全度とは?


アニメ・ワンピースを見ていて、〝サンジの押さえ切れない鼻血現象〟〝ホルホルの実における心身騙しの後の後遺症〟〝パンクハザードの子どもたちが苦しんだ原因である毒〟と言った視点から、作者の、日本社会文化への危惧とインテグラルなメッセージが、ひしひし伝わって来る。

鼻血は、鬱積した性欲(シャドーは、性・権力・金が三強)の翻訳で、これを騙すことで〝詐欺や非視点的狂気の原動力〟になる。

ホルモンバランスは、変化することが〝人体改造〟であり、〝何かしらの生活習慣において変化した心身内部は 自己システムの安定性に影響を与える〟視点は、同じく仰天ニュースのダイエットでお馴染。

2番目の視点の発展として、〝慢性中毒になるほどのドラッグ〟の原因とは、〝LSDやマスターベーション・食生活〟などの〝表層的原因〟というより、〝それに応じて心身内部のバランスが変化する〟ことから来る〝自己システムの崩壊〟に関係が深い。 ゆえに、いわゆる過去に分裂病と言われた、〝なんかおかしい人〟の特徴でも有り得る。

グロフは、とどのDiaryの参考文献として過去に載せてもいる、〝魂の危機を超えて〟の中で、スピリチュアル・エマージェンシーとしての渇望が、アルコールやドラッグとして表れると言い、酒やたばこの方が、LSD(当時は合法的に研究として使えた)より毒性が強い(右側では事実)と主張している。

即ち、言い訳として、こういった逃避活動が〝毒でなければいい〟と主張されてしまう、ということで、官能芸術にしても、〝非合理的な権力の暴走を縛る〟ことを怠って〝奨励される〟と、社会道徳が崩壊するということだ。(ネットから現代日本を見ると…。)

問題は、〝左側の内面象限〟において、自己システムの崩壊こそが、〝毒である〟ということを〝見落としている〟点。 現代の内面次元の甘い理解の結果が反映されている点。

ワンピース魚人島編のテーマ〝ホーディの文化的に構成された闇〟で理解可能な〝有害な言葉・思想〟といった次元(Q/1・Q/2 の象限)も、毒薬学の〝毒〟に含まれてくる。そういった重要な要素を見逃してはならない。

アイドルの役割を〝しらほし姫〟に反映できるとすると、上記闇に意識的であることが最低条件であり、私的には、アイドルの役割・魅力は、〝制服(衣装)を着て舞台を行い ノイマン的な起源的無意識を活性化・理解しながら なお理性を失わないスリルを楽しめる存在・行為〟と思っている。 ゆえに、アイドルを人形扱いしたり、逆に 消費や逃避にしたりするのは、男尊女卑も含めて〝主体‐社会 のナルシシズムが反映されている〟ことになる。

即ち、健全なアイドルは、やり手も受け手も、インテグラルなシャドーワークを無視して存在できない、ということで、スピリチュアル・エマージェンシーの受け皿に、独自の形式で発展した漫画・アニメがあるとして、こういった投影の一種の形式に〝内部と内面の毒‐ホーディの闇〟を無視する形で、存在を許す通りはない、のである。

今回言いたいことは、〝何かしらの 内面外面次元問わない 原因により、心身内部のバランスが変化する、その排他性(悪い部分)を毒と捉えることができる〟点である。これにより、有害なものが、インテグラルな象限によって、種々判明するだろう。


・ホルモン管理と心身内部とコミュニケーション


インテグラル・ライフでは、心身バランスの、表面的なことだけでは不十分と、注意を呼び掛けている。

例えば、現代日本では、オナ禁という言葉と実践が流行っていて、〝官能から離れる〟という方法論もあるが、〝シャドーとしてため込んではならない〟という、ごく基本的な点が無視されがちなのは、ノイマンの〝再集合化の闇〟ウィルバーの〝ビッグ3とスピリチュアリティの分離〟があまりに現代先進国に根深く、インテグラル規模の実践なくしては、断絶を把握し 癒すことができないからだ。

前項の議論、〝心身内部の変化と健康〟の視点から、そもそも、性ホルモン・アドレナリン等 種々含む〝(広義の) 脳内麻薬 (正確には 心身内部のドラッグ)〟自体が〝心身内部の変化を前提として生まれ、その結果、心身内部が変化していく〟視点(現象)滑走であるので、生活習慣として知られた 生き方全般が、ドラッグとか毒といった視点と 変わらぬ領域にあると見れる。

即ち、内部で生成される物質なら安全だろうとか、皆食べているものなら無害だろうとか、〝社会文化的に偏見として構成された視点〟が種々存在する。

毒やドラッグは、こういった心身内部と生活習慣を理解する一つの要素なのであり、捉え方(視点)を変えれば、〝一酸化二水素(H₂O)の過剰摂取[即ち水太り(笑)]は毒〟のように、あらゆる角度からの偏見のない健全さへの探求の大切さが、見えてくるのである。

また、マスターベーションをしすぎないことで、コミュニケーション力が上がるという結果は、〝これまでに見た ノイマン的な無意識の暴走からの逃避に使われていたエネルギーの転換〟が主な理由で、〝同時に 隠れた気質が不安定になる〟点は、〝古代的無意識の領域(L/1~L/2)のシャドーワークの糸口になる〟ことから 対処していけばよい。

下側象限の、コミュニケーション向上の理由としては、自分の中の、アイドル・アニメ等に投影され 無意識であるがゆえに破壊的にも成り得た〝幼いアニマ(女性ならアニムス)〟が、現実の逃避より〝実際の異性との人間関係〟に喜びと意味を覚えて、創意工夫を凝らしたことによって、人として より統合されたから。


・芸術活動と 破壊衝動の表現の関係


今までに見た、〝乖離した幼い部分〟〝無意識の再集合化が危惧される部分〟は、現在の日本において、〝表現すればよい〟〝芸術にすればよい〟方向で、片づけようとする傾向にある。

実際、それは、シャドーワークと無意識を無視するだけでなく、〝自他の心身内部の毒〟の伝搬を加速させる。

こういった、破壊衝動として研究されてきた領域の 表現(アクティング・アウト)が 正当化される可能性として、ロロ・メイが、芸術家は芸術に昇華できた神経症者、といった主張があるが、ケン・ウィルバーのインテグラル理論を適用してから、その真偽を考えた方が良い。

まず、芸術家は、〝スピリチュアル・エマージェンシー〟〝自己実現〟〝究極の関心(ないし信仰)のラインの成長実践〟等に限って、狂気も作品化する。 (例;ミスターチルドレン)

最近のアニメでは、やたら〝銃〟が出てくるが、そもそも、ワンピースは〝暴力の連鎖の理解と対策〟の視点で明快だし、文化的源流の一つ〝ルパン三世〟は、最初〝人気が出なかった〟理由も含めて、まだ安保闘争に近かった 不当な暴力に怯えた当時(ヤング ブラック・ジャックによって描かれた)、そういった〝防衛的武器に過度に怯えず、性・権力・お金 から自由になろう〟というメッセージ性を込めることにより、世を明るくし、結果、国民に受け入れられていった経緯がある。

(2019 01 追記 : 数年を経た 筆者の捉え方・微細な見解の変遷。―「優しく強いアニメの未来 ~表現の意図は変化する~」)

ウィルバーが〝芸術には より良い解釈もあるし、悪い解釈もたくさんある〟と主張する通り、私が〝統合的リンキング〟として示したその領域(視点)をサポートする作者には〝良い作品と他の良い作品が 非‐排他的 に結びつくべき〟という 意図がある のだ。

そして、現代日本の、そういった〝モラルの崩壊・フラットな官能芸術の荒廃化〟の根底には〝総合的な、心身内部の毒の、視点の滑走とシャドーワークに対しての無知〟という、おなじみの病(無意識)がある。

以上より、正しい芸術(文学等)、より良い作品を見抜いて、情報を取捨選択していくことができるだろう。


・まとめ


今回の小論文の生まれた経緯は、上記風潮や解決的展望の可能性から、〝心身内部の生活習慣〟というごく単純な(内面・外面・社会・文化)システムが、〝依存性や異常性と 変化〟と同義で捉えることができる (何が毒なのか? 偏見も毒なのでは?) と気づき、それが、今までのわたしの体系(考え方)に含まれていなかったからだ。

(その意味で、ゾーン5と支点1・2のシャドーワークにおいて、体感‐実践として、こういった視点の滑走を理解することができたと言える。また、ヨーガなどで、ラマナ等が〝食生活の重要性〟を語る インテグラルな意味も、深まった気がする。)

或いは、生と死のダイナミズム (音楽家ブルックも語る 主体の恐れや痛みに対する 抵抗と認識と偏見) 自体の単純化(&インテグラル)が、総合的な〝毒リンゴ(笑)〟を遠ざける〝答え(鍵)〟なのだな、ということ。

重要な場面での緊張にしても、こういった執着(保身)があるし、恋人(パートナー)との関係のナルシシズムの反映度が、きっと〝距離〟なんだろうな、とも分かる。

そして、〝健康〟のインテグラル本来の意図(支点8の真実)が、どういうものだったのかを、初めて知って、もう少し、心身を大事に、(例えば、ニュースでやってる、紛争で飢餓する子供たちが、笑顔を浮かべてインタビューに答える姿を見て 圧倒され)、もっと、健全な心身意識を持って、自分 そして 周りに意識を払えるのではないかと、総合的な関心を覚えた。

〝強くいられる〟ことを、新たに気付かされて、新たに わたしらしい〝インテグラル・ライフ〟が深まっていく。


☆☆☆☆


以上より、あなたの、家族の、世の中の、〝健康の回復と発展〟の お役に立てれば、幸いである。


(2016 01 13)

2014年3月 6日 (木)

特性と個性 ~自分らしく とは?~

障害者と言われたことがある。絶対音感があるので音楽ができる。

こういう何気ない差異を、我々は意識している。

一体これはなんなのか? その答えは、現代にある。

我々は心理学を獲得した。そして、4つの分野も開拓した。(行動・社会・解釈・現象)

今、まさに、自分とは何なのかを、新しい視点で見直す時だ!


・やりたいことと できること

今回、重要な論点となるのは、この部分である。

違いがお分かりだろうか?

実は、最初に挙げた差異は、前者と関係が深い!

やりたいことと、やりたくないこと、である!

これを、一般に特性と呼ぶ。

特性は、器質などとも呼ばれ、先天的意味合いが強い。不平等で特殊な傾向にある。

逆に、できることと、できないこと

これは、個性である!

個性は、いかなる場合でも、平等で、公に開かれた、互換性のあるものになる。

まず、我々は、自分の特性を理解しなければならない。

臭い、雰囲気、言葉遣い、こういうものは、大体特性である。

その差異にも関わらず、相手が笑えば笑顔になる、こうしたらこうなると考える、こういったものは、個性であり、表層の特性に対して、深層になる。

ここで加えると、特性も個性も、ちゃんと、発達心理学でお馴染みの段階を充てることができる。

あなたの特性に合ったコミュニティで、教育プログラムで、独自に発達してゆくと、万人に開かれた、共通のスキルが身についてくる。これが、できること、であり、特性としての適性ではなく、個々の仕事そのものとの相性関係を表す。

最近のメディアでは、特性がブームである。

10年ほど前までは、特性は、個性に引き上げられるか、個の下位要素とみなされるか、だった。

特性と個性は、2つのタイプと見るべきで、繰り返しになるが、これらに それぞれ階層を充てがうことができる。

自分は自分!これは、自分の特性の事を言っているのであり、人の中で相対的に測られる個性とは異なる。

例を挙げると、現在、DTMがあるので、絶対音感ないし、高度な楽器テクニック特性のある者は、楽譜をデフォルトで使う、ない人は、コード譜やレコーダー・DTMを使う、となる。できることの違いに注目して欲しい。ちなみに楽譜には欠点があって、DTMでの音の重なり表現に弱い傾向がある。吹き込み型は、言わずもがな、文明の利器に依存する。


・特性の発展と個性の展開

特性は、今まで忌み嫌われてきたか、特殊能力として、独自に発達させた経緯があり、やや無理矢理感があった。

社会では礼儀が叩き込まれるが、これは、特性に対する、過度の恐れ、ということで、個性化が、自己愛のナルシシズムだ、という考え方も、特性を個性と混同した結果に起こった、やりたい、できる、の還元である。

日本人向けに言うと、やりたくないことと、できること、と言うのがいい。

スポコンの欠点は、特性を無理やり改変させることであり、個性の構築に支障をきたす。染み付いた習慣・・・というのがそれである。

妄想型も、満たされない特性を、個性に引き上げてしまうことによって、罪の意識や無能感と感じる。

特性は特性!として、統合的に、教育プログラムを付与しなくてはならない。

これには、子供の内面と正しい理論、4つすべての象限を高度に組み合わせねばならない。

社会のレール、というのは、特性が正しく生かしにくい構造の比喩であり、資本主義においても不合理である。

金儲け特性のある者が違法な手段に走るのも、特性に対する社会的サポートが根本的に不足している結果である。

アスペルガーだからといって、特殊才能扱いしたり、妄想癖があるから、天才だから、自分はこうだと人に思い込まされたり、結局、ありのままが特性だと、認識しないことに起因する。

恋人にしても、受け入れられない相手の臭いは、特性についての理解を深めてゆくと、どこかで折れる。

別居恋愛などは、まだ特性について、適用範囲外だと認めてしまっている。個性のみの純粋理性でそうしようとするが、本当は、互いが欲にまみれる姿が見たいのである。それはたいてい、一緒にお花を摘むことだったりする(笑)

特性においても、互いに成長できる知恵を持ちつつ、そこから適用してゆけば、やがてできることが増える。我々のこれからにおいて、荒く言っても、できること が重要なのは言うまでもない。知ったこっちゃないと言われた、周辺化抑圧された と、世界中から聞こるが、この、特性から個性、を知ることで、第3次世界大戦は回避できる!と私は考える。

やりたいこと、やりたくないこと は、1日8時間眠ることと同じような分野で、毎日向き合わねばならない課題だ。

やりたくないことばかりやる人類が増えると、原発事故、暴動、理性の制御が効かなくなり戦争・・・となる。

交通事故もそうだ。

春になると、とばしている人が多い(笑)

まとめる。特性を、やりたいことで理解し、環境、バイオリズムから、個性を、できること、仕事を増やしてゆく。できることはあればあるほどよいが、広さより深さを重視すべきことも付け加える。

結論を言うと、現代は、突然やる気がなくなる、できることが空白になる、これは、特性、個性の順で、階層を伴っているから、特性に異変をきたすと、個性が消える。状態という概念も、特性だったりして、実は構造だったりする。それにも関わらず、特性と個性は、基本的にタイプで扱うのが好ましい、ということだ。全てに内面と外面、社会と文化とレベルがある。(視点の視点)

これからの時代、もう、恥ずかしいことで苦しむ必要はなくなったのだ!


(2014.03.06)

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【インテグラル】 参考文献♡

  • インテグラル理論 (AQAL)      統合的実践 (ILP)
    「インテグラル・スピリチュアリティ」
    ケン・ウィルバー 著

    「実践インテグラル・ライフ ― 自己成長の設計図」
    ケン・ウィルバー 監修